『誘拐』、9月に読了。本田靖春著。ちくま文庫。2005年10月刊。
解説は佐野眞一氏。「吉展ちゃん事件」を取り上げた、「戦後ノンフィクションを代表する傑作」(p.358)、「わが国の事件ノンフィクションの金字塔」(p.361)。「・・・のような誰からも忘れられた人間に何一つ手を差し伸べてこなかったこの国の政治の無策さに、あらためて激しい怒りを覚えることだろう」(p.361)。「高度成長の光がまったく差さない陰画世界の、さらに暗い彩り・・・世間から完全においてけ掘りにされたそうした影の部分に目をこらした作家がいただろうか」(p.360)。非正規雇用で使い捨てていく現在の政治状況下で記者たちはどうだろう?
【本田靖春著、『誘拐』】
警察情報に全面的に依存した記者クラブ批判 (p.350)。新聞に躍る犯人逮捕で「解決」の活字は、「・・・それは社会全般に通じる解決を意味しない。・・・社会の暗部に根ざした病理現象であり、犯罪者というのは、しばしば社会的弱者と同義語であることを私に教えた」(p.351)。そのことを、昨今の事件に際して、現在の記者は学んでいるだろうか? 一方、安田好弘さんが弁護士からの視点として同様なことを述べている。
「新聞は「法と秩序」を否定するものではないが、記者に与えられた役割は、捜査員の職務とはおのずから別物である」(p.351)。本書により、「遺族が「・・・これで犯人の側にもかわいそうな事情があったことが理解できた」(※4 「遺族の応酬感情への共振」) という趣旨の感想を述べられたと聞き、・・・やっと救われた気持ちになった。・・・年来のマスコミ不信を口にされ、それがずっと私の心にのしかかっていたからである」(p.354)。
「何と因果な仕事を、と思いがちである」(p.355)。魚住昭さんの「業」発言 (※5) につながる。
文庫版のためのあとがきの末尾、「きわめて不幸なかたちで人生を終わった二人の冥福を改めて祈りたい」(p.355)。