NPJ(http://www.news-pj.net/index.html)に出ていた記事(http://www.news-pj.net/comment/2011/sawafuji-20110327.html)を紹介させていただきます。この期に及んでまだ原発推進派とは・・・。
BLOGOSの特集(http://blogos.livedoor.com/tokyo2011/)での須田慎一郎氏によるインタビュー記事(http://news.livedoor.com/article/detail/5433912/)、11頁に渡る長いものなのですが、都民の皆さん方に是非読んで、考えていただきたいです。都民でない私がお願いするのも変なのですが。
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【http://www.news-pj.net/comment/2011/sawafuji-20110327.html】
石原慎太郎 「震災は天罰」 発言
弁護士 澤藤統一郎 目次
「東京湾に原発」 ?
(2011年3月27日)
朝日新聞福島総局3月25日発のニュース。「東京都の石原慎太郎知事が、福島県災害対策本部を訪れ、佐藤雄平・福島県知事と会談。会談後、石原氏は報道陣に 『私は原発推進論者です、今でも。日本のような資源のない国で原発を欠かしてしまったら経済は立っていかないと思う』 と発言した」
何を今さら。天罰発言をした首都の知事、かねてから原発推進の発言を繰り返してきた。このことを多くの都民に知ってもらわねばならない。
2000年4月27日付 「読売」 には、「東京湾に原発 石原知事が推進論」 との見出しの次の記事がある。
「『完ぺきな管理が行われれば、東京湾に原子力発電所を造ってもいい』
26日に東京国際フォーラム(東京・丸の内)で開かれた日本原子力産業会議の年次大会で、東京都の石原慎太郎知事が思い切った原発推進論を展開した。
招待講演者として立った同知事は 『首都としてエネルギー問題は重要だ』 と切り出し、『どこかの新聞が 「知事がバカなことを言った」 と書くかもしれないが』 と前置きした上で、東京湾原発を容認。「(日本には)それだけの管理能力があると思うし、技術もある」 と話し、原発技術に対する信頼性を強調した」
また、2001年5月29日の 「毎日」 は、さらに衝撃。
「東京都の石原慎太郎知事は、28日、新潟県刈羽村の住民投票でプルサーマル計画への反対が過半数となったことについて、『一部の反体制の人たちがたきつけて、日本をぶっこわしちゃおうということだろう』 と批判した。
環境問題をテーマにした都民との討論集会で‥住民投票の結果に触れ、知事は 『原子力発電所は仕事をすればするほど、危険だというわけも分からない理屈で反対している。東京湾に造ったっていいくらい日本の原発は安全だ』 と話した」
安全を求める住民の行動は、この人の色つきメガネでは、「反体制の日本ぶっこわし」 に見える。しかも、本気で 「東京湾に造ったっていいくらい日本の原発は安全」 と思い込んでいる。こんな人と 「天罰」 をともにすることはまっぴらごめんだ。
【http://www.news-pj.net/comment/2011/sawafuji-20110329.html】
佐藤春夫・宇野浩二の石原慎太郎評
(2011年3月29日)
石原慎太郎は、1956年に第34回芥川賞を受賞している。受賞作品は、「太陽の季節」。選考委員は、石川達三、井上靖、宇野浩二、川端康成、佐藤春夫、瀧井孝作、中村光夫、丹羽文雄、舟橋聖一の9名。異例というべき酷評がなされている。
佐藤春夫はこう述べている。「僕は 『太陽の季節』 の反倫理的なのは必ずしも排撃はしないが、こういう風俗小説一般を文芸としてもっとも低級なものとみている上、この作者の鋭敏げな時代感覚もジャナリストや興行者の域を出ず、決して文学者の物ではないと思ったし、又この作品から作者の美的節度の欠如をみてもっとも嫌悪を禁じ得なかった。これでもかこれでもかと厚かましく押しつけ説き立てる作者の態度を卑しいと思ったものである。僕にとってなんの取り柄もない『太陽の季節』 を人々が当選させるという多数決に対して… これに感心したとあっては恥ずかしいから僕は選者でもこの当選には連帯責任は負わない」
石原を 「文学者ではなく興行者」 と言い当て、「これでもかこれでもかと厚かましく押しつけ説き立てる作者の態度を卑しいと思った」 とは、その後の石原を見抜いている。その炯眼には敬服するよりほかはない。
また、宇野浩二は 「読み続けていく内に、私の気持ちは、次第に、索漠としてきた、味気なくなってきた。それは、この小説は、仮に新奇な作品としても、しいて意地悪く云えば、一種の下らぬ通俗小説であり、又、作者が、あたかも時代に(あるいはジャナリズム)に迎合するように、…ほしいままな 『性』 の遊戯を出来るだけ淫猥に露骨に、書きあらわしたりしているからである」
積極的に推したのは、舟橋聖一と石川達三。
「純粋な快楽と、素直にまっ正面から取組んでいる点」 を評価したという舟橋の評は論外。石川は、受賞作を 「倫理性について、美的節度について問題は残っている。…危険を感じながら、しかし私は推薦していいと思った」 と述べている。『人間の壁』 を著した石川達三は、石原のその後の 「危険」をどう把握したであろう。差別発言を恥じずにくり返し、震災を天罰という 「作家」 を評価しえたろうか。
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