元旦、2日目と小雪が降る寒い朝だったが、3日目にして少し雲が出ていたが東の空にきれいな朝焼けが出ていた。
病院の起床時間は朝の6時半であり、6時半になると全棟に一斉に電灯が点り暖房が動き出す。
館内放送で今日は何月何日何曜日ですといったアナウンスが流れ一日が始まる。
起床の一時間前には起床しているので室内の電灯が点るとすぐに外に出て朝の空気を吸うようにしている。
30分くらい寒い中ストレッチなどをしながら東の空を見ていると朝日が出てきた。
朝日に向って深々とお辞儀をして手を合わせた。
午前中は本を読みながら過ごした。
昼になり病院食の昼食を食っていると妹からケータイに連絡があった。
何病棟の何階なのかと聞いてくるので病棟と階を教えた。
ちょうど昼食を食い終えた頃、妹が一人でやってきた。
病室に案内ししばし世間話をして行った。
まあ、世の中(親戚関係)も色々と変化があるようで初めて聞く事も多くあった。
やはり電話では微妙な雰囲気とというか感覚的なものが伝わらないのである。
今日も昼から外出届けを出しているので外出は出来た。
妹に病院の門の前で待っているように指示し病院を抜け出し妹のクルマで家電量販店まで送ってもらった。
実は妻と娘とそこで待ち合わせをしているのだ。
妹もまだ妻と娘に新年になって挨拶をしていないので妻と娘が来て、新年の挨拶をして帰っていった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/21/2346536f67999a86d40db21d16ae8233.jpg)
家電量販店で昨日の情報を元に妻と娘に内容を説明する、係りの人が来てポケットWiーFiルータの事について情報をもらった(これについては詳しく別記に書くことにする)
妻と娘は昼食がまだのようでモールの中の食堂街は人が一杯でとても多くあきためた。
クルマで近辺を探すがどこも駐車場が満杯だった。
ファミレスのような店があったのでそこにクルマを停め店内に入る。
何組か待ちだったがすぐに席が空き妻はスパゲッティ、娘はピザを頼んでいた。
私はアイスコーヒーを頼み、彼女らが食い終わったところで追加の年賀状と返事のコメント入りの何枚かの年賀状をチェックした。
さすが我が娘だ、私の手書きの汚い字をパソコンできれいなコメント入りの年賀状にしてくれた。
おまけに追加で来た分もすでに印刷してあり、妻が差し出したボールペンでコメントを入れた。
後は投函するだけだ。
ファミレスを出てそこで別れて病院までの道のりを歩く。
かなりの距離だし土地勘が無いので方向を間違えないように歩く。
ある建物が見えたので病院はもうすぐの所のようだ。
病院が見えたが道が分らない、畑のあぜ道みたいなところを歩くと病院の裏口だった。
時計を見ると帰棟予定時間まで10分といったところだった。
ナースステーションで手荷物の検査とどこに言ったのか聞かれたが、指示された場所(公園)まで行き休憩を入れながらゆっくり歩いた、とうそをついた。
病室に入り防寒服を脱ぎしばらく読書をしながら夕食を待つ。
そんな一日だった。
病院の起床時間は朝の6時半であり、6時半になると全棟に一斉に電灯が点り暖房が動き出す。
館内放送で今日は何月何日何曜日ですといったアナウンスが流れ一日が始まる。
起床の一時間前には起床しているので室内の電灯が点るとすぐに外に出て朝の空気を吸うようにしている。
30分くらい寒い中ストレッチなどをしながら東の空を見ていると朝日が出てきた。
朝日に向って深々とお辞儀をして手を合わせた。
午前中は本を読みながら過ごした。
昼になり病院食の昼食を食っていると妹からケータイに連絡があった。
何病棟の何階なのかと聞いてくるので病棟と階を教えた。
ちょうど昼食を食い終えた頃、妹が一人でやってきた。
病室に案内ししばし世間話をして行った。
まあ、世の中(親戚関係)も色々と変化があるようで初めて聞く事も多くあった。
やはり電話では微妙な雰囲気とというか感覚的なものが伝わらないのである。
今日も昼から外出届けを出しているので外出は出来た。
妹に病院の門の前で待っているように指示し病院を抜け出し妹のクルマで家電量販店まで送ってもらった。
実は妻と娘とそこで待ち合わせをしているのだ。
妹もまだ妻と娘に新年になって挨拶をしていないので妻と娘が来て、新年の挨拶をして帰っていった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/21/2346536f67999a86d40db21d16ae8233.jpg)
家電量販店で昨日の情報を元に妻と娘に内容を説明する、係りの人が来てポケットWiーFiルータの事について情報をもらった(これについては詳しく別記に書くことにする)
妻と娘は昼食がまだのようでモールの中の食堂街は人が一杯でとても多くあきためた。
クルマで近辺を探すがどこも駐車場が満杯だった。
ファミレスのような店があったのでそこにクルマを停め店内に入る。
何組か待ちだったがすぐに席が空き妻はスパゲッティ、娘はピザを頼んでいた。
私はアイスコーヒーを頼み、彼女らが食い終わったところで追加の年賀状と返事のコメント入りの何枚かの年賀状をチェックした。
さすが我が娘だ、私の手書きの汚い字をパソコンできれいなコメント入りの年賀状にしてくれた。
おまけに追加で来た分もすでに印刷してあり、妻が差し出したボールペンでコメントを入れた。
後は投函するだけだ。
ファミレスを出てそこで別れて病院までの道のりを歩く。
かなりの距離だし土地勘が無いので方向を間違えないように歩く。
ある建物が見えたので病院はもうすぐの所のようだ。
病院が見えたが道が分らない、畑のあぜ道みたいなところを歩くと病院の裏口だった。
時計を見ると帰棟予定時間まで10分といったところだった。
ナースステーションで手荷物の検査とどこに言ったのか聞かれたが、指示された場所(公園)まで行き休憩を入れながらゆっくり歩いた、とうそをついた。
病室に入り防寒服を脱ぎしばらく読書をしながら夕食を待つ。
そんな一日だった。