新年あけましておめでとうございます。
年も明けて今日で3日、熊本の自宅でゆっくりとした時間を過ごすことができた。
といいつつも、ちょっとした悩み事を抱えながらの年越しと正月だった。
随分と整理できつつあり少しは気も晴れてきた。
元旦、2,3日と熊本は晴天で暖かい正月だった。
紅白を観て、みんなで近所の打越神社に初もうでに向かった。
親友のジローやグッチたちが町内会のカウントダウン行事をやっていた。
前町内会長やテラちゃんにノボルのおやじなどなつかしい仲間たちと新年の挨拶を交わした。
それにしても新年早々からグッチの声のでかさは相変わらずだった。
みんなから福岡の生活はどうか、と聞かれるが、程よい返事はできなかった。
震災時の状況を聞いたが打越町ではそんなに大きな災害はなかったようだった。
隣町では土砂災害で死亡事故などもあったが、この町は大丈夫のようだ。
暗い中だったがふと空を見上げてみたら、境内に生えている大きな銀杏が半分ほどに切られていた。
そして大きな大木だった楠(?)も根元から切られていた。
福岡に来るときに台風災害で木々が神社を壊す恐れがある、ということで切る計画までは聞いていたが・・・。
福岡から大きなブリを一本買ってきた。
さっそく出刃を取り出して解体をした。
おやじが現役だったころ、お歳暮でもらった数本のブリの解体は私の仕事だった。
だからこんなのは簡単簡単と思ってかかったが、なかなか頭が取れず苦労した。
それでもなんとか三枚におろし刺身ができた。
あとは塩焼きや吸い物や煮つけでいただいた。
元旦は嫁のご両親を迎えて正月を祝った。
先方のお母さんのおせち料理にみんなびっくり。
大きな鉢盛が2つも、そして妻と嫁が作ったおせちでテーブルは賑やかだった。
2日目は家族そろって近くの藤崎宮にお参りに行った。
震災から初めての正月ということもあり、多くの人でにぎわっていた。
そのあと妹夫婦のところに挨拶に出かけた。
妹の一番下の娘(姪っ子)がアルバイトをしているという代継ぎ神社に最初に向かった。
始めてくる神社だったが、鳥居は半分が倒壊していた。
巫女のアルバイトもなかなかきつそうで、一日中立ち仕事で大変そうだ。
鈴を鳴らしながらお祓いをする仕事も女性にとってはかなりきつい仕事なのだろう。
そのあと妹のところに挨拶に行った。
ご両親はじめみなさんお元気そうだった。
女の子3人姉妹なので、とてもとてもかしましくて賑やかな家族だった。
時間もゆっくりとあったので坪井川遊水公園を時間をかけて散歩した。
考え事をしながら、今の苦しい心境を暖かく迎え入れてくれる。
福岡に行ってまだ9か月しかたっていないのに、遠い昔のように思えた。
人の暖かさも風景も昔のままなのに、自分だけがどこかへ行ってしまったような疎外感というのか異質感というのか、そんな気がした。
熊本が故郷になってしまっている。
福岡に向かう私たちを、息子夫婦が手を振って見送ってくれた。
つい最近までは逆だったよね、と言う妻の言葉に思わず笑みがこぼれた。
年も明けて今日で3日、熊本の自宅でゆっくりとした時間を過ごすことができた。
といいつつも、ちょっとした悩み事を抱えながらの年越しと正月だった。
随分と整理できつつあり少しは気も晴れてきた。
元旦、2,3日と熊本は晴天で暖かい正月だった。
紅白を観て、みんなで近所の打越神社に初もうでに向かった。
親友のジローやグッチたちが町内会のカウントダウン行事をやっていた。
前町内会長やテラちゃんにノボルのおやじなどなつかしい仲間たちと新年の挨拶を交わした。
それにしても新年早々からグッチの声のでかさは相変わらずだった。
みんなから福岡の生活はどうか、と聞かれるが、程よい返事はできなかった。
震災時の状況を聞いたが打越町ではそんなに大きな災害はなかったようだった。
隣町では土砂災害で死亡事故などもあったが、この町は大丈夫のようだ。
暗い中だったがふと空を見上げてみたら、境内に生えている大きな銀杏が半分ほどに切られていた。
そして大きな大木だった楠(?)も根元から切られていた。
福岡に来るときに台風災害で木々が神社を壊す恐れがある、ということで切る計画までは聞いていたが・・・。
福岡から大きなブリを一本買ってきた。
さっそく出刃を取り出して解体をした。
おやじが現役だったころ、お歳暮でもらった数本のブリの解体は私の仕事だった。
だからこんなのは簡単簡単と思ってかかったが、なかなか頭が取れず苦労した。
それでもなんとか三枚におろし刺身ができた。
あとは塩焼きや吸い物や煮つけでいただいた。
元旦は嫁のご両親を迎えて正月を祝った。
先方のお母さんのおせち料理にみんなびっくり。
大きな鉢盛が2つも、そして妻と嫁が作ったおせちでテーブルは賑やかだった。
2日目は家族そろって近くの藤崎宮にお参りに行った。
震災から初めての正月ということもあり、多くの人でにぎわっていた。
そのあと妹夫婦のところに挨拶に出かけた。
妹の一番下の娘(姪っ子)がアルバイトをしているという代継ぎ神社に最初に向かった。
始めてくる神社だったが、鳥居は半分が倒壊していた。
巫女のアルバイトもなかなかきつそうで、一日中立ち仕事で大変そうだ。
鈴を鳴らしながらお祓いをする仕事も女性にとってはかなりきつい仕事なのだろう。
そのあと妹のところに挨拶に行った。
ご両親はじめみなさんお元気そうだった。
女の子3人姉妹なので、とてもとてもかしましくて賑やかな家族だった。
時間もゆっくりとあったので坪井川遊水公園を時間をかけて散歩した。
考え事をしながら、今の苦しい心境を暖かく迎え入れてくれる。
福岡に行ってまだ9か月しかたっていないのに、遠い昔のように思えた。
人の暖かさも風景も昔のままなのに、自分だけがどこかへ行ってしまったような疎外感というのか異質感というのか、そんな気がした。
熊本が故郷になってしまっている。
福岡に向かう私たちを、息子夫婦が手を振って見送ってくれた。
つい最近までは逆だったよね、と言う妻の言葉に思わず笑みがこぼれた。