この一文ですが、20日に大量に加筆をしています。完成したのは、21日の午前一時です。で、恒例の三角印を、総タイトル横に付けておきます。加筆部分としては、自分がなぜ、今の様な文章を書くようになったかの、道程を吐露して行っています。山口みつ子さんの死の部分など、何度、書いても、その苦さが、忘れられない、苦しくて、苦い苦いお話です。
20日の昼間は、新橋演舞場で、【スーパー歌舞伎II、オグリ、中村隼人版】を見てきました。その感想を書く方が、ずっと楽なのですが、頭の中に浮かんできたのが、下記の文章の、後半部分なので、仕方がない事です。エリカ様ではないけれど、私こそ、憑依系文筆家ですね。書くことに対して、何の無理も、苦しみもないのです。滞ることもないのです。其れを私は、・・・・神様が、描(又は、書)かせてくださっている・・・・と感じていて、かつ、それを外部へも、表明をしています。・・・・・・という添え書きを、21日の早朝、一時に、いれて、初稿に戻ります。
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先ほど、皆様にご覧をいただきたいと、言って居た、アナザーストーリー(NHK BS3 火曜日の、9時から)を、私は、見ました。ナヴィゲーターは、松嶋菜々子でした。
ところで、それを見終わった私の頭脳の中に浮かんだのは、・・・・・以前から思って居たのだけれど、私って、黒澤明監督が嫌いなんだなあ・・・・・と、いう事です。それを、また改めて、確認をしました。
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黒沢明監督の映画を、全部見ているわけではないのですが、【羅生門】までは、素晴らしいと思います。しかし、【七人の侍】を含めて、それ以降は嫌いなのです。
なぜかというと、【七人の侍】みたいなエピソードは、日本史の中には、無かったと、思うからです。あの映画は、進駐軍の中のインテリ層が、日本に定着させようとした、民主主義社会という理想に、迎合している映画だと、思って居ます。
確かに弱い庶民の夢です。自分たちを救ってくれるヒーローが、どこかからやってきて、悪人をやっつけてくれて、自分達が救われるというのは、夢です。しかし、現実にはあり得ないです。だから、面白い事は、面白いけれど、うそ寒いです。途中で、なじめなくなります。
甲賀・忍者という集団があったみたいです。高い技術を持っていたのですが、それを役立てたのは、大名などの、支配階級のためでした。まあ、信長には、敵対した時期があった模様ですが、庶民(特に、農民)をたすけるために、動いたとは、思えません。
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皆様は、イラン映画の【ともだちの家はどこ】をご覧になったことがありますか? それから、別の韓国映画を思い出します。タイトルを今の私は、忘れていますが、韓国の、農村で、牛を飼う、老人夫婦と、その、都会へ出てしまった息子との考え方の違いを表現した、話・・・・・救いはないのです。ハッピー・エンドとは言えない。しかし、何とも、感動深い映画です。
いや、びっくりです。今、グーグル検索で【韓国映画、牛】と入れただけで、映画が出てきました。タイトルは、【牛の鈴音】です。
しかし、もしかしたら、皆様は、こうおっしゃるかしら? 「それらの映画って、後進国の貧しい人達を、テーマにしていますね。それって、結局はお涙頂戴だし、現代日本には、遠い話でしょう」って。
では、文明国アメリカの映画を、一本取り上げましょう。テレビ放映で、偶然見たのですが、あっけにとられるほどに、リアルでした。2005年制作ですが、1986年を舞台としている映画です。そのころの、アメリカ中流家庭のリアルが、満杯です。
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映画【イカとクジラ】は、グーグル検索で、項目がたくさん出てきます。好評と不評に分かれますが、1999年に、この映画に出てくる、ブルックリンの高級住宅街にある美大、Pratt Institute に、通って居て、次の、2000年用のアパートを探しに、ブルックリンの坂(ただし、映画に出てくるところではない。私の方は、並木道で、映画よりも高級な地域)を下った体験を持っている私には、すべての場面が、リアルなのでした。
映画の方の道では、丘の下の方(南部)は、安普請の家ばかりあって、ドアも、フラッシュドアで、誰かが、蹴破ると、簡単に破壊をされてしまうとかね。フラッシュドアって、ご存知ですか? 枠だけが木で作ってあって、その上にはべニアが張ってあると、いうタイプです。我が家にもガラスがはまっている形で、何枚もあります。一方で、ムクのドアも、何枚もあるのですが。・・・・・2005年ごろは、既に、ブルックリン全体が、相当高級になっているのです。特に地下鉄の駅が、高級で、きれいになっていきます。それにしても、北部の、ハイツと呼ばれる地域よりは、南の方が、地価が安いでしょう。
ブルックリンの、北の方は、高級住宅街です。特に学者とか、創作を仕事にしている人に好まれている一帯です。収入はさして高くないが、誇りはとても高い人達に、好まれている一帯です。私は散歩中に、クリントン大統領の別邸すら見つけています。ただ、その地域だけは、一種の高級分譲地で、あたり一面、すべて、同じ敷地の広さで、同じ規模の大邸宅が建っているのでした。アメリカの、ワシントンとか、ロスアンジェルスなどのニューヨーク以外に、本宅のある人が、住む、富裕層(=上流階級)の別邸だけ、集中している地域らしくて、人気(人の気配)が、全くないのです。が、クリントン邸の前だけは、警官詰め所があるので、なるほどと、思ったのですが・・・・・
元に戻ります。映画の中では、両親は二人とも物書きです。お母さんの方が、仕事が、今、当たっています。それで、もともとの住居=ブルックリン北部の高級住宅(ただし、連棟型アパート、内部は、高級である)を取り、次男と同居します。お父さんの方は、今は、書くものが、ヒットしていないので、収入も低くて、その上、お母さんと喧嘩をしているので、追い出されて、南へ下っていき、安っぽい家に、長男と一緒に引っ越します。
場所の雰囲気もリアルですが、登場する人間たちの言葉の、表現も、超リアルです。唯ね。私がこの映画を見たのが、60歳を過ぎていました。だから、笑ってみて居られるのですが、お若い方、特に日本の女性が見ると、『いやな映画だ』とお感じになるかもしれません。主婦=お母さん=があまりにもわがままだと、感じたりしてね。アメリカのインテリ女性は、権利の主張が、すごく強いですから。また、男の人も、嫌いかもしれません。主人公=お父さんの方の、欠点が、多いことに、我が身を振り返らされて、たじろいで、しまうかもしれません。
また、小学生の次男が、両親の不和ぶりに傷ついて、学校で、自分の精液を、図書室の壁に、なすり付けてしまうのですが、その後始末など、日本の学校もぜひ、見習ってほしいです。先生の方に、余裕と愛情がある。
それからね。学校の建物がとても古いもの(だから壁が、ムクのウォールナットなどでできていて、こげ茶色で、それが、またニスで、ピカピカな事、等は、日本も見習ってほしいと、思います。日本って、スクラップ アンド ビルドで、新建材多用でしょう。しかし、ニューヨークとかパリって、けっして、スクラップ アンド ビルドではないのです。パリでは、250年以上、ニューヨークでも、130年近いビルを丁寧に使って居ます。だから、焦げ茶色のムクの建材の上に塗ってあるピカピカのニス・・・・・その上に、引っ付いて乾いている精液に先生が気が付くのでしょうね。日本で、そういう事があっても、先生が気が付くかどうか? 新建材の白いビニール壁紙の上に、乾いた精液が、くっついていて、気が付くでしょうかねえ?
ともかくセリフがいっぱいで、すべてに、リアリティがあるので、私などの様に、色々な、経験を積んできている人間には、ひどく面白いと、思われました。最後はハッピーエンドでもないのですよ。突き放したままで、結論なしで、終わるのですが、人生ってだいたいそうですよね。
日本の家庭では、既に、崩壊していて、中がスカスカなのに、本心をぶつけて、討議すると、いう形がないでしょう。そういう点では、アメリカの、インテリたちが、debate 討論を、好む姿を、日本にも、導入するべきだと、思います。
私は、このアメリカ映画【イカとクジラ】を見ている最中、一分ごとに、『次にどうなるのかしら?』 とワクワクしながら見入りました。何にもドラマチックな事は起きないのですよ。ああ、長男の、・・・・・文化祭で、歌った自作の歌の、歌詞が盗作だった・・・・・という、悲しくて、おかしい、事件があるのですが! しかし、家庭が、再構築されるかどうか? お父さんとお母さんは、離婚を解消し、同居を再開するのか? 夫婦の同居、再開を私は、期待しながら、登場人物たちのセリフを追って行ったのです。お母さんにもお父さんにもそれぞれ、愛人ができてね。大変です。
しかし、反対に、後期の黒澤明監督の作品など、10分ごとに『早く終わらないかなあ』と、思いながら見ていました。単純すぎるのです。退屈なのです。
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で、この・・・・・番組【アナザーストーリー、黒澤明監督、VS 勝新太郎】を見た感想は、・・・・・「若い日に、名誉を得てしまった黒澤明監督は、却って不自由だったのですね」という事です。・・・・・そして、自分のことを、こう考えました。・・・・・私には名誉も社会的地位もない。でも、自由がある。何のといえば、精神の。私は誰に対しても、金銭的に、責任を負う立場にない。という事は、換言すれば、誰も、私を束縛するものが無い。これは、結構、幸せな事だ。非常にうれしい事だ。それに気が付かされた・・・・・と。
『私の一生とは、結構、ぜいたくな一生だったのかなあ』とも、気が付かされました。価値観の違いですが・・・・・まあ、創作の上では、自由が大切です。黒沢監督には黒沢組という家来陣(集団)が居た。それが、却って、重荷ではなかったのかなあ? そういうお取りまきがいるからこそ、自分が、【かつ新】に負ける状況は許されないと、お思いになったのではないかなあ。二人の衝突劇は、黒澤監督の方が狭量に見えますよ。
こういう事は、よくありがちです。私が最近書いている、担任の教師(鬼面冠者というあだ名だった)が、本間君という・・・・・特に体が小さい、だけど、ヴァイオリンは、1955年当時、小学生だけのコンクールでは、全国五位、以内に入っていた・・・・・を、苛め抜いたのは、本間君のお母さんと、ご自分(男ですよ)との間の上下関係に関して、何らかの、人に言えない、怒りがあったからだと、思います。【かつ新】も、無邪気なだけだったのでしょうが、本間君のお母さんも、自分が、それほどに、深く先生の怒りを買って居るなどと、まるで、気が付かない人だったのです。それと、学校から、たった、五分程度の距離に住んでいたので、しょっちゅう、学校に来ていたから、いけなかったのですね。本間君が、小学校時代の担任は、それが通る相手だったが、中学の先生は、音楽が好きな人だけに、却ってまずかったのです。
黒沢監督って、ある時期から、サングラスを常に着用していますね。其れは、何かを恐れていたからだと、思います。いろいろ、心に負担がある人だったのです。偉い人ほど、引退時期を、ご自分で、決定しないといけません。特に黒沢組などという家来集団を抱えていてはね。
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・・・・・・・この・・・・・ずっと以前から、自分としては、相手を下だと、思っていた人間が、ある種のポイントで、自分より上だと、発見した時に、相手の、あれこれが、すべて、癪の種になるというのは、2002年ごろの、渡辺幸子さん(ICU卒の画家で、青木繁大賞を取っている女性。鎌倉在住で、フェリス卒。私より年上)と、私との間で、見られたことです。あの時は、いじめられた私の方が、彼女の前から去りました。二人は、同じグループ展(同窓会展)に所属をしていたのですが、そこを、私の方が去ったのです。それで、彼女は、びっくりしてしまった模様ですよ。そういう決断を私がとるとは、思いもよらなかったみたいでね。
その・・・場を去る・・・という形は、反抗とか、抗議の形としては、結構、強い事なのですね。それでね、鎌倉駅のトイレの中で、しかも、夜の、10時半に、偶然に出会った栗田玲子さんから、「川崎さんって、怖い人だっていう評判よ」といわれることとなります。栗田玲子さんって、銀座の、有名画廊、ガレリアグラフィカのオーナーです。山本容子をお手持ち作家としている画廊です。
私は『ああ、裏で、渡辺幸子さんがいるわけですね』と思うわけです。しかも、目の前、30メートルの所を、走って逃げる伊藤玄二郎を発見したので、『なるほど、二人は銀座で、私をいじめる相談をしていたのですね。で、グリーン車の中でも、話し合ったが、話が尽きなくて、逗子に降りなくてはいけない栗田さんは、伊藤玄二郎に誘われて、鎌倉駅に降りたのでしょう。葉山に住んでいるのにね。既に、夜の10時半なのにね。栗田さんは、結婚をしていると聞いているけれど、大丈夫なのかしら? それほどに、遅く帰って?』などと、思うのです。
そして、トイレで、偶然出会った私を避けようとして、なかなか、個室から出てこなかったのでした。その思いは、むろん分かりましたよ。だけど、私の方は、ずっと、彼女が出てくるのを、待っていたのです。
だって、こういう機会こそ、神様のお恵みなのです。証拠捕まえちゃったと、いうわけですからね。最高の喜びです。
その間、伊藤玄二郎は、何事かを察して、男子トイレの方で、かたずをのみながら、待っていた模様です。そして、到頭、栗田玲子さんが、個室から出てきて、私と手を洗いながら、何事かを話しているのを壁越しに聞いて、栗田玲子さんが相手をしているのが、川崎千恵子だと、察して、私に出会うのを恐れて、走って逃げたのでした。怯懦の、人です。
私は背中を見せて、逃げて行く伊藤玄二郎を見ているうちに、何とも、言えない怒りが浮かんできて、珍しく、喧嘩という形にもっていきました。、東口のトイレから、改札口までの、30メートルぐらいの間ですがね。以下の様に、しかも、語気鋭く、言い放ったのです。怖い人だといわれたセリフに返答としてですが、「だって、人生経験を積んでいるのですもの、強くなるのは当たり前でしょう」っと。栗田玲子さんが、過去に積み上げた人生経験と、私が過去に、積み上げた人生経験のどっちが深くて、どっちのエピソードが、学びにつながったのか、等は、比較はできませんよ。私は、このブログに全部を書いていませんもの。
その上、美術系作家として、生きることもいじめられきっていて、道が狭まっているし、美術評論家として、生きる道も相当に、妨害をされているでしょう。大原光孝という人物が、創形美術学校の後輩、本田和博さんと、そっくりな画題で、しかし、できを比較をするとはるかに雑な絵を、アクリルで、しかも、ベニヤ板の上に描いて、中島千波さんなどの、ご支援を得て、春季院展に入選させたのも、私の美術評論家としての、立場を、からかってきた、仕組みでしょう? まだ、それは、軽い方で、無視できるのですが、
山口みつ子さんが、美術評論家の秋山祐徳太子よりも、私の方を上に置いて、それが、ギャラリー山口のオフィスに盗聴がかかっていたために、CIA側に入ってしまって、結果として、殺されてしまったケースなど、本当につらい事でした。
ここですが、最近、書いている手相観の第一人者、日傘雅水さんとも関係があるのです。彼女は、一種のお医者さんなのに、二回目とか三回目、ぐんぐん、意地悪っぽくなっていくのです。其れは、赤瀬川原平さんに、村松友視さんが、言いつけてね。そうなったと思います。村松友視さんは、尾辻克彦名義での、赤瀬川さんの、文章の方の支援者でした。村松さんの後ろというか、上流というかには、湯川有紀子さん(ICU卒で石塚雅彦夫人と親しい。中央公論新社で、婦人公論と、中央公論の編集長をした)が居て、讒言を、村松さんに、吹き込んだと、見ています。それを伝え聞いた、赤瀬川原平さんが、日傘さんに、私をいじめたり、からかったり【週刊女性紙上の記事の事】する様に、命令したのでしょう。赤瀬川さんは、雑誌太陽の特集号で、日傘さんに、苦境時代に救われたと、語っています。その赤瀬川さんと、【ライカの会】というのを作っていて、親しかった秋山祐徳太子は、もろ、CIA側人物で、しかも、対私用、攻撃者でした。それの証拠が、彼が晶文社から、自伝【ブリキ男】を出版していることでも証明をされます。この晶文社の件は、これまた、とても恐ろしい事へつながっていき、100万字ぐらい必要なので、今は、触れません。
みつ子さんは、画廊を閉鎖する予定だった、2010年1月31日の二週間も前に、飛び降り自殺をしたという事になっています。しかし、違いますよ。画廊を閉鎖して、これから、時間がフリーになるみつ子さんと、私が仲良くなると、私の力が強化されるものだから、みつ子さんを殺したのです。
彼女は、スタッフさんに、後始末を任せて、画廊閉鎖の予定日の、二週間も前に、自殺をする様な人ではないですよ。殺されたのです。薬を使ってです。部屋に数人で、待ち伏せしていてね。これは、私にとっては、たとえようもない衝撃でね。美術評論家としての、筆を折りました。
どうしてこれほどにいじめられたかというと、美術評論家って、美術館のスタッフとか、大学教授などの、ほかの仕事を持っている人以外は、売文業なのです。だから、どうしても惰性に陥るわけです。難しい語彙は、使うが、面白くないし、感動も与えません。そこへ、中学生程度の、語彙を使うが、本当に感動した作品しか、取り上げない私が、面白くて、人を引き込む文章を書き、しかも英語でも書けるし、お金はとらないしですから、旧来の、売文業的、美術評論家は上がったりになるわけです。だから、憎まれたり、いじめられたのですよ。
そこに戦後最大の、CIAエージェント、瀬島龍三一派は、乗っかかったのです。それが、井上ひさしが提唱している、9条の会の、美術部門である、美術9条の会の創設だったのです。そこを利用して、いじめられたのが、大きい弾圧用ラインでした。野見山暁次さんも、渡辺豊重さんも、そこの委員をしています。
しかし、その二つの仕事を、奪われたからこそ、私は、ほかの人が書けない様な、真実を書く、人間になったのですよ。美術界から追い出されたからこそ、自由なのです。ありとあらゆるいじめを受けたからこそ、自由になり、美術界のお偉いさんと、対等になったのです。人間としては、すべての、日本人は、対等です。憲法に保障をされているでしょう。違いますか?
元に戻ります。ぐるーぷICU展を出たころに戻ります。渡辺幸子さんの嫉妬のせいで、苛め抜かれたので、出た方がいいと、判断しました。ただ、そのグループの中に、石塚雅彦さんが、含まれていたので、そこを出たことで、CIAは、石塚雅彦 ⇒ 古村浩三ラインを使いやすくなったのだと、思います。そういう意味では、損でしたね。政治的な意味ではね。日動画廊、笠間美術館のオーナーだった、長谷川智恵子女史が、茨城県教育委員会で、「障害児は、妊娠中の検査で、わかるのだから、中絶を、勧めるべきだ。その方が茨城県は、予算削減ができる」という発言をしたのなど、まさしく、石塚さんが、かかわっていると、思うし、
スタップ細胞疑惑もそうですよね。日大アメフト問題もそうですね。
でもね、私は、既に、損得は計算しない人間になっていますから、『それは、それとして、却って、自由自在に、石塚さんについて描く(=書く)ことができるようになって、よかったわ』と、思って居るのです。
でもね、この、・・・・・目下だと、思って居た存在が、実は、自分より頭がいい・・・・・と、発見した時の、いやな感じにおぼれているのが、各地で、発見される、親側の、子への虐待です。イギリス制作のドキュメンタリー番組、【地球ドラマチック、NHK 教育テレビ、土曜日放映】を、見ていると、人間って、赤ちゃんの時から賢いのですよ。すべて、わかっているのです。 ちいさいのに、「もう許してください」と書いて、殺された結愛ちゃんなんて、まさにその典型で、あの父親は、途中から、結愛ちゃんに追い詰められていたのだと、思います。
まあ、そんなことを、思ったというわけです。ただし、私が、黒澤映画の、対象例として挙げた三本の映画の様に、真実味のある映画って、脚本家とか、監督の実体験が反映しているので、何本も同じレベルの作品を生み出すのは、難しいでしょう。
2019年11月19日に書き、20日に、推敲し、21日の早朝にやっと完成へ至る。なお、このブログの、2010年より、数え始めた、延べ訪問回数は、5717515です。 雨宮舜 (本名 川崎 千恵子)