後者は、紙に白黒で印刷されています。前者は、音楽つきの華やかな映像です。しかし、後者の方がこども心をどきどきさせたのです。が、その例を、挙げて説明しないといけません。今、手元にリボンの騎士の本が無いので、記憶によって文を書きますが、
リボンの騎士の主役は、女性ながら男装をしている存在です。今、よく取り上げられる性同一性障害などということを先取りしている発想で、しかも『三銃士』などに描かれている時代を換骨堕胎というか、日本へ移入をした作品です。(後述1)また、それは、ベルサイユの薔薇につながる世界でもあります。
ヨーロッパ大好き少女たちを、わくわくさせる漫画でした。
ある日、リボンの騎士は何事かで追われて、逃げる必要が出てきます。で、逃げ隠れた先が干草の中です。その干草はたしか、馬車に積まれているものだったと記憶しています。
追っ手がその干草をそっとめくると、リボンの騎士の白いタイツ姿の足だけが出てきます。干草の中から片足だけ太ももまで。その足がドキッとするほどエロチックだったのです。普段は目の大きい、また頭の大きい、子供らしい姿でリボンの騎士は描かれていますから、そんな感覚は与えられないのに、太ももまで出てきたタイツ姿の足は、なんともエロチックでした。
しかも状況は、追っ手である男性が、たんなる兵士ではなくて、重要な人物で、しかもそのタイツの足がリボンの騎士であることを既に察知していることを示しています。そこで、だまって見逃すかどうか、次号へ続くという設定だったと思います。
つまり、ベッドシーンではないのです。だから、女の子向けの雑誌に描いてもまったくおかしくない設定です。ただし、想像力をかき立てるという意味では、圧倒的に、エロチックな設定でした。その男性が敵ながら、これから恋人となるかどうかという存在だったと思います。その男性が、圧倒的に無防備なリボンの騎士に向かって、次に何をするのだろうと想像すると、余計にどきどきするわけです。
このシーンの印象は強烈で、55年も歳月が過ぎた今でも、忘れられません。
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その20年後私は必要があって、星占いを勉強することとなります。そして、有名人の星座も知ることと成りますが、手塚治虫氏が、さそり座であることを知って、『ああ、なるほど』と納得をするのです。美川憲一の有名な歌に『さそり座の女』というのがありますが、
誕生月が示す性格の特徴として、さそり座さんは、いわゆるむっつりスケベーなのです。
あまり、言葉や態度ではその意思やら、思いを出しません。だけど、傍によるとふわっと酔いしれてしまうような、吸引力を持っている存在なのです。
ここで、一種の二重のスピンオフとして、さらに、外へ向かいますが、岸恵子さんがエッセイの中で離婚について書いていらっしゃる部分があります。それも、さそり座さんを説明するのに役立つので、ここで取り上げましょう。岸さんが、一生懸命、夫である映画監督のスタッフたちのお食事をつくり饗応をしている間に、夫の心がある別の女性に盗まれてしまいます。まったくその経過に気がつかないうちに、最終段階まで行ってしまって、夫は外へ出てしまいます。
その女性について、岸恵子さんは深くは説明していないのです。ただ、「自分とはまったく異なる性格であった」と表現をされています。そこで、補遺として、私は心中ひそかにですが、『その女性は、さそり座だったのでしょう』と思いました。
岸恵子さんは、しし座の女なので、一見すると華やかに見えるが、実際にはエロチックなほうではないのです。だからこそ、だんなさんは、別の女性の、秘密めいた誘いのある魅力に参ってしまった・・・・・のでしょう。
岸恵子さんは、しし座の女として非常に有名なココ・シャネルなどと同じく、仕事を好む人であり、達成感を一番大切だと考えているでしょう。
実は、小さな存在ながら、この私もしし座であり、同じく、仕事を好む女です。
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ここで、手塚治虫ファンに対してお断りをしますが、むっつりスケベーなどと、書いても、氏を軽蔑したり、けなしたりしているわけではありません。高度に成功する作品には、そういう部分が、潜在的に秘められているものです。グリム童話も日本で再録されているのは別として、原作には、相当にエロチックな部分が含まれていると言われています。
そして手塚さんほど、忙しければ、実際には遊んでいる暇もないし、仕事に集中すれば遊ぶ必要も感じられなかったでしょう。創作とは人間の快楽のうちでもっともすばらしいもので、脳内麻薬(アドレナリンのこと)が大量に出るそうです。それを別の言葉で言えば昇華といいます。
また、私に引き寄せて語って申し訳ございませんが、私にとって、コンスタントに、一日に一本のエッセイを完成させることが、生きる糧にもなっていると、申し上げさせてくださいませ。たぶん、そこに緊張もあり、快楽もあるので、現実には単純極まりない静かな生活を送っている人間です。
だけど、心の中だけでは、縦横無尽に発想が行きかい、もし許されるのなら、一日に三本以上の長いエッセイを、メルマガやブログで送りたいと思うほどです。
だけど、こういうものははじめたら、継続するのが、一種の義務だから、自分がばてないようにわざと、集中しすぎないように抑えているほどです。
さて、「星占いなんて、荒唐無稽なことよ。私は信じない」とおっしゃる方に向かって、次には鳩山首相を、そのリアル鳩カフェに事寄せて、星占いから分析をさせていただきたいです。
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後述の1; ディズニー映画のライオンキング、および、ミュージカル、ライオンキングは、その筋立てを考えると、手塚治虫さんの『ジャングル大帝』を下敷きにしていると考えます。しかし、そのことをマスコミは問題にしないので、裏側がどうなっているのかが長い間不思議でした。もし、手塚さんサイドへ、お断りとか、著作権料の支払いが無いのなら、いやなことだし、手塚さんご本人がそれを、どう考えられているかは長い間疑問でした。私の中では、その疑問は、まだ解決されていないのですが、・・・・・
今般、あらゆる脚本は、お互いに少しずつ文化伝播という意味で、影響をし合っていることもあらためて感じ入り、したがって、そういう意味合いで、手塚さんが、ご自分のオリジナリティを無視されることについて、黙っておられたのなら、それは、少しだけ納得が進んだといえます。ただ、詳細はわかりません。
なお、鳩山さんについて、次に書く予定です。2010年2月1日、 雨宮 舜