銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

ボストンで爆発があった日に、不遇の時期の、身の処し方を一つ語ろう。精神の健康を保つ為に△

2013-04-15 22:08:59 | 政治

 初稿から二晩明けました。今、17日の午前7時ですが、さらに加筆をいたしました。

 最初の方に展開する、660万円の古家を買った話は、皆様には、つまらない話題と思われるでしょう。だが、それを堂々と、私が語るのは、不遇の時代に、精神を参らせないで、生きる手法の一つを開陳しているからです。

 人には人によって、それなりの格というのがあります。身の丈に応じた、楽しみを追求するのは、素敵なことですよ。それに、私は一方では、5億円の損失があるというほど、攻め込まれています。今日からとうとう、それを語ることになったお隣さんのことですが、お隣さんもまた、敵側の私兵化しているという事実、だから、真実、うっとうしい毎日でもあります。

 だから、頭上にスカッと青空を招きこむような行動は必要なのです。

 ブログの総タイトル「銀座のうぐいすから」のそばに、・・・・・幸せに生きるための手法を追及する・・・・・と書いています。このブログは現在は政治の分野に繰りこまれていますが、事実上は哲学的考察を繰り広げている世界です。

 で、人間が不幸に見舞われたり、不運に見舞われたりしたときに、どういう風に過ごしたらいいかという問題を語り続けています。その一つが、今章です。

 世間のニュースはボストンマラソンで、爆発が起きたと言っていますが、またまた、劇場型犯罪であり、北朝鮮のミサイル発射という大上段に振り上げた脅かしが、私に全く効かないので、こちらに、庶民の耳目を集めておこうというアイデアですね。で、北朝鮮のミサイルは、今回は発射しないで置きましょうということでしょう。アメリカ市民を犠牲にしても、全くかまわないのです。彼らって、そういう人たちです。

副題1、『外出ばかりしていましたが、とうとう、結実しましたよ』

副題2、『横須賀について、とことん学びました』

副題3、『軍人さんが住んでいて、鉄製のお釜が、大小、3つもあるお家だった』

副題4、『蛇って、お金の象徴だと言いますね』

副題5、『セロ弾きのゴーシュ並に勉強をさせていただきました。皆さんに、感謝。感謝です』

副題6、『過去の物語と、未来のロマンの両方を紡ぎだせる家』

副題7、『勉強は、まとめあげると、さらに効果が出るのだ』

副題8、『対照例として、金網だわしに、ひそめられた縫い針の件と、東大卒ご夫妻の、隠微ないじめ策を、しばし、語っておかないといけません』。

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副題1、『外出ばかりしていましたが、とうとう、結実しましたよ』

 皆様、内容的には続きとなる文章を書かないでいて申し訳ございません。実は外出ばかりしていて、長時間をかけて重いものを書く、エネルギーが残っていなかったのです。

 それと、例の浜銀、鎌倉支店の設計者の、ことですが、そちらさまについて、さらに書けと命じる現象が起きたのですが、・・・・・天命というか、奇跡の第二弾ですね・・・・・それは、すさまじいレベルで、パンドラの箱を開けるので、ぐったりしていて、まだ、取り組んでいません。

 ただし、本日、夜の八時に帰宅したら、植木鉢が一つひっくり返っていたので、「おっ、書いてもいいかな?」と思っています。無論、その植木鉢をひっくり返した人間は、その設計者では無いと思いますよ。東大出身の、建築家がそこまで堕していたら、この世の闇は深いです。たぶん、そこよりも奥に住んでいる人間がやったのでしょう。

 だが、いろいろあってね。結局は安野夫妻、前田夫妻、石川和子・柳沢昇夫妻の悪を、根本の最初から書かないといけません。つまり、30年前から復習しないといけないのです。それって、面倒くさいですね。

 それにね。私は、そういう連中のすべての上に自分が立っているのをひしひしと感じるのです。ともかく、神様は、私にお見方してくださっているのですよ。

 ・・・・・・私をいじめたら、いじめている方の、あなたが、どつぼに落ちるだけだ・・・・・というのが、今回も証明をされたからです。そして、安野夫妻の悪人ぶりと、そのやっていることの悪辣さを、さらに、再び、確認した次第です。いや、ここに名前を挙げた三人が、浜銀、鎌倉支店の設計をしたわけではないのですよ。だけど、彼ら3組がその夫妻を教唆したのは確かでしょう。悪魔的行動の伝染力は強いらしいです。(苦笑)

 まあ、この間も言ったとおり、

 ニュース次第で、先へ進むかどうかを決めましょう。

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副題2、『横須賀について、とことん学びました』

 外出ですが、どこへ行っていたかというと、横須賀です。とことん、横須賀にこだわっていました。JR横須賀駅は、トンネルを出て、トンネルに入る駅ですが、そのトンネルを構成している山の上に、何度も昇りました。

 鎌倉よりも山襞が、細くて込み入っているのです。だから、石段の幅が狭く・・・・・昔(=戦前)の開発なので、どこの石段も、ほぼ、幅1メートルです。そんな、細い道を上がったり下がったり、のぼったり、くだったり、・・・・・

 いつも、銀座の画廊街で、階段を上がったり降りたりしているのが、役立ちました。丸源ビルのオーナーが画廊の経営に、興味を示しているそうですが、いいことです。クラブが衰退してきたので、ビジネス先として、荒らに考え始めたのでしょうが、それでも、それは、いいことです。銀座に画廊が集積してくればお互いに、助かりますからね。ただ、丸源ビルって、ちゃんとエレベーターがあるでしょう。だけど、画廊の中には、エレベーターのないビルで、経営をされているものもあるし、右の路地を行って、直後に今度は、左へターンしたりと、歩くことが必要なのです。で、歩くことだけは銀座で、鍛えられているので、体が弱いにもかかわらず、横須賀の山中を歩くのは、別にかまわないのでした。、

 今、横須賀には、原子力空母だといわれているジョージワシントン号が入港しています。原発は反対ですが、「アメリカは出て行け」なんて言うほど、青くもない私は、「ふーん、この場所からは、ジョージワシントンが眼下に見えるのだ。きっと、横須賀では、もっとも、初期に開発された住宅地でしょうね」と、思いつつ、ある、物件にひどくこだわっていたのです。

 全部で、54件(いや、横須賀では関心を向けなかったマンションを入れれば、70件ぐらいかな?)ぐらいのデータを集めて、実際に現地へ行ってみた物件は、19です。中には、気に入って、二回も三回も訪れたものもありますが・・・・・

 地域社会が持っている雰囲気も、差がいろいろあることを、存分に感じました。そのうち、3つは、主人が一緒に行ってみて、「こりゃあ、黒澤明の映画<天国と地獄>の世界で出てくる地獄の方だから、買うべきではない」といわれてしまった、場所もありました。それは、小高い丘の上には、高級住宅街が、広がっている谷戸の下の入り組んだところの物件だったので、主人には気に入らなかったみたいです。ただ、日当たりはよいのです。しかも変形ですが、70坪ある。

 大いに興味をそそられました。でも、となりに青いトタンでできた、信じられないぐらいのぼろ小屋=作業所だったのか?、畜舎だったのか?=というものがありますので、主人のいう、「こちら側は地獄だ」というのも納得です。更地なのですが、アスファルトが打ってあるので、駐車場として使われていたのでしょう。が、駅からは、10分程度歩くので、借りてが、いなかった場所なのでしょう。そこに他人に賃貸するための、新しい家・・・・・それは、すみやすく、快適なものを私自身が設計して、建てるのが、夢ですが、730万円の土地に、新しい家を建てると、総額では、3000万円が必要で、そこまでのお金は、私は出せないのでした。夢といっても叶う夢でないとまとまらないのです。

 そして運命は不思議です。その時に比較対象例として、「あそこは天国だね」と私たち夫婦が言い合った、その新興住宅地に、住む人の持ち物を買ったのです。

 ただし、その人が今、住んでいる物件ではなくて、亡くなった親のものです。30年間無住だった古家です。やはり、1000万円以下ですからね。それは、それなりの欠点を持っていますよ。あ、は、は。古い、ふるい。1930年建築で、外壁はボロボロです。

 ここで、天国と言っているのは、10年前に、JR田浦駅と、京急田浦駅の間に、開発された、高級住宅団地です。敷地が50坪で、建坪が50坪くらいの家がずらっと並んでいるところ。まるで、住宅展示場みたいな、大団地です。

 米軍、横須賀基地の将校さんが、その団地内で、すでに空き家・・・・・つまり、現在の日本の一戸建ての世界では、空き家率13%だというのは、実感しますネ・・・・・・になっている家を借りているそうですが、家賃16万円以上だというような、きれいな家の建っている世界の住人が持っていた古い家を買いました。

 そこに住んでいる人が、「私たちは、もう、あそこは要らないわね」と思ったところを買ったのです。だから、主人が、「あの人たちは、『ああ、ほっとした。ここを手放すことができて』と思っているよ。お前は、ババをつかんだのだ」と言います。

 だがね。660万円ですよ。しかも、土地は、公簿上は78坪。

 私たちが住んでいる鎌倉の家も公簿上は、88坪です。ただ、崖部分が多いし、私道部分もあるので、実際に使えるのが、40坪程度という感じです。今度の家は、公簿上は、10つぼほど、狭いのに、同じくらいか、より広く使える感じですから、うれしいです。私道部分が少ないのです。崖の部分も少ないのです。

 ところで、今回の探索においては、

 自分自身が、横須賀の北久里浜に住んでいる時期よりも、横須賀を勉強しました。好きになったというか、何というか、「よくわかったなあ。横須賀が」という感じです。

 そして、大変なエネルギーと時間をかけたので、それゆえに、この古家も、好きになりつつある物件です。私は何でも凝ることが好きで、かつ、自分自身が参加することが好きなのです。

 人から当てがわれたものを、お金を出して買うというのは好きではないです。だから、マンションには興味がありません。自分の意思を反映できる率が、少ないからです。

 無論、現在の日本では、不動産を取得するのは、お金を出さないと買えません。でも、普通に買うのでは、つまらないと思っています。それこそ、70歳にもなっている年の功というやつです。

 もっと若い時、たとえば、40代で、現在住んでいる鎌倉の家を買ったときは、普通の基準しか持っていなくて、ブランドにこだわったり、すぐ住めるかどうかを考えたりしました。

 だが、今度は、自分の年輪の反映を買ったのです。自分の人生の、総知識が、反映した物件を買ったのです。

 何がいいのか、何がいけないのか、どこが長所なのか、短所なのか? そういうことに関する判断基準が、若いころより、明瞭になっているのです。

 条件のうちの何を優先順位として、選ぶのかを考えながら、あれこれ、選ぶのですが、普通の人だったら、一戸建てって、駅からの利便性に応じて、2400万円以上、または、3600万円以上、または、4800万円以上出さないと、買えないものだと思っておられると思うのですが、ちょっと、発想を変えると、あるんですよね。あ、は、は。

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副題3、『軍人さんが住んでいて、鉄製のお釜が、大小、3つもあるお家だった』

 そこに住んでいた先代(=海軍の軍人さん)は、眼下に横須賀の軍港を見下ろし、1930年代にその家を建てました。その人が、30代の頃です。で、15年目に敗戦を迎えました。その直後は、すべての日本人はとても大変だったけれど、そこのご主人も大変な思いをしたのではないかしら? 誇りの大勝の軍港は米軍に接収されて、戦後すぐは、軍人は、再就職が難しかったりして。

 その家は、すでに、筑後82年たっています。だけど、中は非常にきれいで、床もべこべこしては、おらず、十分に住めるのです。ご遺族の管理が完ぺきだったのです。亡くなって、30年間も、無住だったとはとても思えないお家です。そして、賃貸にしていなかったのも家の経歴としては、好ましい条件だと思いました。この家を、賃貸に出していたら、1980年以来ですから、少なくとも、3000万円は稼げたと思いますよ。それを、していなかった、家なのです。

 だから、あと20年はそのままで使えます。外壁は直さないと駄目ですが、中はそのまま使えます。

 最高に素敵だと思ったのは、大小の鉄製のお釜が、3つもあったことです。お餅つきを、自宅でなさったんですって。私の実家でも、叔父が、一橋大学への国内留学で、寄留をしていて、男手が、二人あったころ(=私が、小学校4年生ごろ)に、臼を借りてきて、自宅の庭で、ご近所の子供たちを集めて、お餅つきをしたことがあり、むろん、大きなお釜がありました。臼はありませんでしたが。それ以来、子供会が毎年、お餅つきをするようになりました。

 そのお釜は、持ち主の友人で、レトロなものが好きな人がもらう約束をしているそうです。それに、私自身はそんな大きなお釜は使いきれないので、それでいいのですが、他にもお湯のみセットが、それこそ町内会館並にそろっているとか、和ダンスが2棹をあって、母君が、和服をたくさん持っておられた社交家であったこともしのばれます。

 どうしてかというと、お母さまは、詩吟のある流派の家元だったそうです。それで、お客が多い家だったのです。

 私ね。ふと、『シェアハウスにしたら、いいんじゃあないか』と思いました。ただし、シェアハウスにするためには、相当にリフォームをしないといけないので、そのお金はないのですけれどね。

 じゃあ、何のために買ったかというと、夢のためと、世間のトレンドに対する抗議のためです。

 私は家を作るのが大好きです。この家は丈夫なので、改築する必要がなさそうですが、もし、お金があれば、夢のような家を建て直して、お若い方に貸したいですね。その家を設計したり、普請をしたりするのが大好きなのです。夢がいっぱいある計画ですから。

 それと、世間のトレンドに対する抗議という方の意味は、マンション優勢の風潮へ、抗議したいのです。あまりにも多数の人々が、マンションに流れているようですが、パリでは無いのですから、一戸建てに住んだらいいのにと思いますよ。パリは、ほとんどが、マンションだから、仕方がないのです。マンハッタンも、一戸建てがなくて、せいぜい、連棟住宅までですよね。だが、東京圏は、広いのです。

 山手線の内側だって、まだ、戸建て住宅は多いのです。空き家率が、13%は、あまりにももったいないです。

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副題4、『蛇って、お金の象徴だと言いますね』

 ところで、一戸建ての楽しみとは、上の様に小さな蛇を見つけることも含まれます。この蛇は頭が、八ミリぐらいで、胴体は、6ミリぐらいです。半円形に、うっすらとベージュ色に見えるのは、直径18センチの鉢の底の形です。鉢をどかしたら、とぐろが、直径6センチメートルぐらいの蛇が隠れていたのです。へえ、小さな蛇ってこういうところで、隠れていて育つのだと思いましたけれど、怖がらないで、じっと観察し続けました。これは、鎌倉の家のことで、横須賀の古家で、こういう経験ができるかどうかは疑わしいですが・・・・・そちらの方が、山の規模が小さいです。開発が進んでいますので・・・・・

 で、140時間前の、木曜日のお昼には、ただ、ただ、これは、自然豊かだわねで、終わりだったのです。だけど、今それをスマホ(単にカメラとして使っているだけですが)から、こちらのパソコンに移した際に、『あれ、そういえば、蛇って、お金と関係のある生き物といわれているわね。脱皮をした抜け殻を、お財布の中に忍ばせていると財運が付くといわれているし』と、思い当って、この物件を買ったのは、幸先がいいことかもしれない。祝福をされているのかもと思ったりしています。決意したのは、その蛇に出あった1日前でした。

 無論、迷信ではありましょうが・・・・・・

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副題5、『再度いう、恰好が悪くても、古い家でも、一戸建てには、それ相応の自由がある』

 だから、「マンションよりも、恰好が悪くて、おしゃれではなくても、こういう古家付きの物件の方が改築の夢があるし、面白いよ」と言いたいのです。ただし、小さなお子さんを、私立中学へ入学させたいと思っているような方は、交通至便なところのマンションをどうぞ。私の発想は、子育てを終わった人たちへ向けてのものです。

 でも、『頭を使って、工夫をしたり、時間をかけて、調査をしたりすると、

 660万円で、土地が、78坪も手に入るのですよ』とは、お伝えしたいです。

 いや、人気のある土地でないと、次に売る時に、売れなくて、損だという話もあります。そして、横須賀は、もう土地の値段が上がることはないだろうともみなされています。

 そうですね。圧巻は、180万円で、110坪が買える更地というものです。住友不動産、横須賀中央店が扱っています。現地のお隣さんに、いろいろ聞いたら、「住友不動産がその土地を、ただで、あげますから、引き取ってくださいと言ったのですけれど、もらいませんでした」と言っていました。急な石段を、200段もまっすぐに登らないといけないところなので、辺りに、いっぱい空き家があるそうです。 

 少子化で空き家率13%ですからね。だけど、人間、経済効率ばかり追うと、夢がなくて、したがって、幸せな感覚とは遠い日常になります。180万円で、110坪占有できるのです。戦争で、食料がなくて、皆さん大変だったのです。それを思えば、将来畑にしてもいいし、なんて思うのですが、住居のそばに畑がないと、収穫もできませんね。なかなか、難しい。・・・・・

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副題5、『セロ弾きのゴーシュ並に勉強をさせていただきました。皆さんに、感謝。感謝です』

 上にあげた、60件(プラスマンションの資料10軒分)の資料を集めて、実際には、19件見に行っています。というのは、横須賀だけの話でした。横浜も入れれば、さらに、プラス10件のデータがあり、そのうち、横浜では、5軒を実際に見に行っています。

 しかも、もし、静岡県も入れれば、集めた資料は、さらに、10件程度増え、見に行った物件も、3軒になります。すばしりのマンションなど、気に入って、気に入って、何度も一人で訪れています。だが、家族の反対に出逢って、買えませんでした。

 そして、何よりもすごいのは訪問した不動産店の数です。34店舗は、すぐに、その名前を挙げられます。もしかしたら実際に行ったのに、忘れているところもあるかもしれないので、40店舗程度、行ったかもしれません。野村不動産、住友不動産、東急りヴァブル、など、普通なら、高額の物件を扱っているところにも、もしかしたら、買い替え需要のオーナーからのデモノがあるかもしれないと思って、、最後の段階では、行ってみました。

 後、明治不動産、ウスイホーム、他、神奈川県地方では、相当に手広く、支店を展開しているところとか、一軒だけで、会社を経営しているところだけど、親切で、印象が深いところとか、本当にいろいろな不動産会社を訪問させてもらいました。スタッフは、ほとんどが、優秀で気持ちがよかったです。

 私は宮沢賢治が好きです。特にセロ弾きのゴーシュが好きなんです。あれって、人間が何らかの修行をする時の真実が、表現をされています。器具を使う、頭を使う。だけど、それだけでは、修行は完成しません。

 猫や、鼠が訪問をしてきて、うるさい。頭が痛いと、文句を言うので、それに、応じた、ひき方を学んでいくという設定になっているのですが、

 人間が修行をする際には、孤独の時間を持ち、考える時間が大切でもありますが、その間に、人間から、言葉によって、教えてもらうことも必要なのです。

 今回、不動産会社の人から、多くを学ばさせてもらいました。洗練された物腰とは何だとか、反対に粗野で、失礼な態度とは何なのかとか、他山の石として、本当に多くを学ばせてもらいました。

 一番印象に濃いのは、熱海の不動産会社で、出会ったオーナー(ただし、東京の別の不動産会社の社長である)の、「手をかけて、土地を磨きあげる」という言葉です。

 面倒な土地、そこは農地でした。種々様々な縛りがあって、許可を求めないといけないし、その農地の宅地転用後に、宅地としての使用を開始する(=実際に家を建てるまでの、時間的な、期限が2か月であるとか、・・・・・非常にめんどうくさいことがいっぱいあるのですが、だからこそ、110坪で、周辺の環境を考えると、実際には、300坪を独り占めができる土地を、380万円で手に入れることができるのでした。

 土地に手をかけるというと、花壇を作るとか、美しい家を建てるという方向でしか、考え付きませんが、事務手続きを自分がやるとか、建築士とか、司法書士という代理人を立てるにしても、アイデアは、自分が出すわけですね。そこが、事務的手続きを通して、土地を磨きあげるということだと思います。

 今まで、そういうことには何も知らなかったのですが、今回の、比較調査も、お役所は関係がないけれど、一種の事務手続きだったと思います。毎晩、夜の7時過ぎまで、ある一軒の不動産会社で、粘って、適切な物件のデータをもらい、ゼンリンの地図のコピーももらって、そのあとで、懐中電灯を片手に持って、山の中の、街灯も、しっかりしていないような石段の道を上がっていったりしました。すさまじいぼろ屋が現れて、「これが、890万なのかしら?」と思ったのですが、私が間違えていたのです。横須賀の山の上には、持ち主が、売ることさえあきらめてしまったようなぼろ屋が、いっぱいあるのでした。

 もし、あなたが元気いっぱいの人だったら、その手の物件の持ち主を登記所で、調べて、間に不動産会社を立てて、300万円以下で、売ってくださいと、申しいでたら、110坪ぐらいの土地が、石段で昇るところに、容易に手に入るでしょう。ただし、後で、家を建てるのに、莫大なお金がかかります。が、すべて、眺望は、素晴らしいです。

 その歩くこと、そのエネルギーをかけたこと、それが、今回のような、良い家を手に入れられた基本だったと思います。ただ、ものは考えようですから、私の親族はみんな反対でしょう。あんなバカげた物件を買って、お母さんは馬鹿だと、言うはずです。あ、は、は。それは、構わないのです。だって、ロマンがあるのだもの。

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副題6、『過去の物語と、未来のロマンの両方を紡ぎだせる家』

 今回私が興味を持った物件にはすべて、共通する特徴があります。眺望が良いこと。それは、現在の鎌倉の家に眺望がないことと(東南の窓で、眺望が大木で遮られていて、鎌倉が見えない)、日吉の実家の東南の方向に素晴らしい眺望があったことが原因だと思います。南側には慶応の普通部(私たちが転入後、新築されて、それ)が、見えたのですが、東南の方向では、慶応高校の、ギリシャ様式の、列柱が見えました。昔は日吉には、二階家しかなかったので、1.2キロ先のそれが、やすやすと見えたのです。むろん、ベージュ色の箱型だった日吉駅も軽々と見えました。

 眺望の良い家に育つと、人間として、大器になると、どこかで、読んだのです。それが、なくても、ともかく、広々とした景色を眺めるのは、気持ちがいいものです。

 売値から言えば、日吉の家なら、不動産の値段が下がった今でも、6600万円以上で売れるだろうし、こちらは、660万円です。だから、決して最高ランクの物件ではないです。でも、眺望だけを言えば、こちらの方が素晴らしいです。特に崖が厳しくて、眼下に海が見えるから。

 JR横須賀駅のそばにヴェルニー公園というのがありますが、そのま西の丘の上です。そして、海を隔てて、米軍基地が見えます。先ほども言ったように、現在では、原子力空母、ジョージワシントンが入港しています。だけど、夜はその灰色の巨体も見えず、ただ、水に映る明りだけが見えます。夜はとても美しいです。それは、日吉の実家の眺望に、より勝る美しさです。

 ちょっと、イスタンブールのシェラトン(丘の上にさらに高層階が建っている)から見下ろしたボスポラス海峡を思い浮かべました。

 この家で、現存なら、100歳を超えている当主は、何を思って、戦後の日々を過ごしたのでしょう。昔の自分の働き場所である海軍が、米軍に接収されて戦後すぐはパージもあって、就職さえできなかった時期があったと思います。それに、うまく、適応できたのでしょうか? 京急汐入駅近辺に、どぶ板通りというのができて、アメリカ兵が闊歩している状況に、その人は、適合したのでしょうか?

 大きく軌道修正を迫られた当主のそばで、和服を着こなして、詩吟の家元、しかも流派の宗家を、になっていた社交的な奥様は、何を思い、戦後を、乗り切ったのだろう。

 これから先、この家をシェア・ハウスにでも、直すとして、そこに集う若者は何を語り合うのだろう。想像がいっぱい、湧く、家です。

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副題7、『勉強は、まとめあげると、さらに効果が出るのだ』

 さて、この買い物の、もっとも大きな目的は、お勉強の効果は、まとめあげないと、シャボン玉のように消えてしまうということを、知っている私が、それを避けたいと願った点でした。

 そして、この物件だけでも買い上げたことで、お勉強の成果は、形をなしたということです。人は、小さな自信を持つだけで、一応の幸せを獲得できます。ある目的をもって、始めたことが、すべて、ぽしゃって、何も実を結ばなかったら、徒労感だけが残り、幸せどころではないということとなります。

 特に最近、ブログに書いていることは、いやなことばかりです。だからこそ、自分一人の動きでできる不動産物件の取得など、最も適切な、小さな成功でした。

 無論、売主もいるし、仲介の不動産会社も人間として存在しているのですが、この件を比較する対象として、たとえば、私が出版業を、本格的に拡大して、それを会社とすることをあげてみましょう。

 これは、私自身が気張っていうのではなくて、例の敵様が、『彼女は、きっと、東販や、日販に本をおろして、日本全国の本屋で、自分の本を、流通させるつもりだろう』と、みなしていたことが推察されたエピソードが何本かあるので、そういう風に言いだしているわけですが、

 税金を青色申告にして、人を雇うなんて考えると、恐ろしい消耗の日々となりそうです。私は母なんかと比べると、他人を使うのは苦手な方でしょう。相手のことを思いやりすぎるやさしさがあるので、疲労困憊して、しかも、結果としてなめられてしまいます。

 人を使う人は、小さい時、何らかの苦労を経た人でないとうまくいきません。それだけの、冷酷さというか、強さがないとだめなのです。私なんて、人を説得することは、十分できますが、同じ時間で、自分が、編集の仕事をしたら、どれだけ、進むだろうと考えたりすると、他人を使うことが面倒で、やりたくありません。それでも、会社を始めて、人を雇ったら、倒れてはいけないです。

 で、会社を開くなどというその種の別の道と、比較をすると、不動産を買うことなど、責任が軽い軽いです。誰も雇うことがなく、売主様とも、買ってしまえば、それほどの関係を持たずにすみます。不動産会社とも、儀礼的な、かかわりで、済むので、本当に、魅力的です。

 私が、楽しんだようなことは、あなたがもし、お若くて、資金がないとおっしゃるのなら、空き家活用術の、サークルとか、NPOを立ち上げると、いいでしょう。

 乗っ取るのではないのですと、オーナーを十分に、安心させた上で、空き家に人を呼び込むのです。その際に、リフォームのこととか、集団を維持する苦労とか、いろいろ学ぶと思いますよ。そして、家にかかわるのですから、間取りとか、すみ方のコンセプトとか、考えることがいっぱい出てきます。

 それは、今回私が取り組んだのと、同種の勉強の機会になると思います。皆様も、頑張って。

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副題8、『対照例として、金網だわしに、ひそめられた縫い針の件と、東大卒ご夫妻の、隠微ないじめ策を、しばし、語っておかないといけません』。

 上の文章を、私の単なる自慢話としておとりになってはいけません。最近、私がぐっと、書き方を進歩させ、自らに課した、30%自己規制を外しているのですが、そのきっかけは、多分、2月28日の日曜日に、夫婦二人で、静岡、須走りに、富士高原コンドミニアムを見に行った間だと思うのですが、例の泥棒が入って、トイレに置いてあった金網だわしを、台所へ移動をさせ、しかも、ひそかに縫い針をその中に潜めていたということがあります。

 それについては、3月19日以来さんざん書いています。ここに初めて入ってきて、何の事やら、意味がわからないとお思いになる方は、下へスクロールしていただくか、左のカレンダーで、3月19日以来のものをお読みいただけますと幸いです。

 それと、最近の私は、銀行で出くわした会期現象を書き続けていますネ。無論、裏側があって、銀行のスパコンに、バグが入れ込められたわけですが、最高の傑作は、三菱銀行鎌倉支店で、現金をおろそうとしたら、「このカードは、劣位、三位の貧乏人のカードですから、現金がおろせません」と言って、その先へ進めなくなったケースです。

三菱銀行のカードが、貴女は、第三位の貧乏人だから、現金がおろせませんと、ATM画面で言う△

2013-04-09 22:30:54 | 政治

が、他の銀行を舞台にもいろいろやられていて、湘南信金がひどかったとは、4月4日に書いています。そして、横浜銀行がひどかったのは、

XPサービス停止の2・・・・・新大久保のヘイトデモは怪しいね。偽右翼がやっている可能性が高い△

2013-04-13 00:22:37 | 政治

 に書いています。そこで、美形のアシスタントマネージャーに、さんざんいたぶられてしまったのですが、そこの二階の応接室はひどく美しいとも書いています。その美しい、応接室を持つ、鎌倉支店を設計したのはお隣さんです。上の文章を書きながら、お隣さんから、微妙にも、隠微にも、いじめられたエピソードを、数々思い出していました。それは2007年から始まって、延々と五年以上も続いているのですよ。そりゃあ、神経を使います。そういう裏側を秘めてあそこまで、はっきりと語っているのです。だから、お隣の、特に奥様の、軽挙妄動は、浜銀、鎌倉支店の名誉の損壊に直結しているのです。

 そういう裏があるので、あそこまではっきりと、美形のマネージャーの、にやにやした顔について書いたのです。ところで、お隣さんが、どういう会社に勤めていて、どういう建築物を実際に作っているかがわかったのは、それこそ、奇跡でした。

 別にお隣さんから聞いたわけでも、山の他の人から入ったニュースでもなくて、今、リフォームをしている工務店さんから入った話でもないです。

 東大関係者からでもないし、浜銀関係者からでもない。私自身が東大へ調査に行ったわけでもないです。だけど、そのエピソードが手に入った時に、本当に、天は存在すると、確信しました。彼ら夫婦は、安野夫妻か、前田夫妻か、石川和子、柳沢昇夫婦に教唆された上で、ひどいことをなさり続けています。本来はいい人なんでしょう。だけど、こちらが抗議しないから、気が付かないなどと、お思いになってはいけませんよ。

 全部、気が付いていて、『何とおぞましいことだろう』といつも、思っています。でもね。そちら側、特に奥様の方は、ご自分が優越しているから、こういうことをやっても大丈夫だろうと、お考えみたいです。

 が、天に愛されているかどうかということを考えると、ごめんなさいと言うほど、愛されていないご夫妻です。それは、しみじみと感じます。

 お気の毒だけど、だからこそ、悪女中の、悪女の、安野夫人に絡み取られて、いいように使われていらっしゃるでしょう。私は常に、『かわいそうな人たちだなあ。悪魔に魅入られていて』と思いながら、黙ってみていますけれど・・・・・・

 そして、外交や政治を利用した動きとしては、尖閣への中国の艦船の出動があり、北朝鮮のミサイル発射という脅かしがあり、ボストンで、無辜の市民を巻き込む爆弾破裂がありました。そういう風に汚い行動を次から次へと思いつく、悪魔も、跳梁跋扈していますが、天と、天使というか、神と、善意の意思も、この世を統べているのですよ。それを、忘れてはいけません。

 私はお隣から、それこそ、隠微極まりないいじめを受けるたびに、あなた方は、私を軽蔑しているから、こういうことができるのでしょうが、こちらはこちらで、あなた方、特に奥様の方を、嘲笑していますよと、心の中で、思っていました。天のご愛顧を得ていないという点で、軽蔑していますよと、思い続けていました。

 鎌倉には2千万人の観光客が来るそうです。その人たちは、浜銀、鎌倉支店の前を通ります。その様な立場のご主人を持つ奥様が、安野夫人ごときに教唆されて、その言うなりになるとは何事ですか? と、常に思っていました。

 安野夫人に教唆をされておやりになっているいじめには、数々気が付いています。将来別の機会に丁寧に語りなおします。

 ともかく、基本的に、都会の暮らしには、常に対等を保持していて、礼儀を尽くすという手法しかないのです。それを忘れて何とするのですか?

 皆様が、私が間違っているとおっしゃるといけないので、一つだけ、文章をあげておきましょう。ほかにもいっぱい例があるのですが・・・・・・

渡辺篤史の番組に、救われる(訂正の事)・・・・・FB復活?17(政治モノ)

2012-04-11 14:06:26 | Weblog

 なお、このブログの2010年から数え始めた延べ訪問回数は、1593128です。

 2013年4月15日に書き始め16日に、一応の、加筆推敲を終わる。17日の朝にさらに加筆をする。              雨宮舜 (本名川崎 千恵子)

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