前回の「都電巡り」の際、新庚申塚を訪問した。

その際、近くに「お岩通り商店会」があって、
「あのお岩さん?まさかね」とのコメントを書いた。

他の記事で都電を再訪した時のこと。
西ヶ原4丁目駅と新庚申塚駅の中間に踏切がある。

都電によくある小さな踏切である。
その踏切の西側にお寺があった。
一応訪問するのが街歩き人の習性であり、今度もそうした。

「長徳山妙法寺」とある。
「お岩通り商店会」の街灯の下の石碑に、「お岩様」の文字が見える。

えっ!?
どうやら、お岩さんのお墓があるらしい。
「明治42年に四谷から移転された」とも書いてある。
その脇にある石碑には見づらいけど、「浅野内匠頭の墓」もあると書いてある。

当然、入ってみる。
入って最初にある石碑に「四谷怪談お岩様の寺」と書いてある。

間違いない!
あのお岩さんである。
その先には「うなぎ供養塔」が建っている。
んっ???

魚河岸関係者のお寺でもあるらしい。
いろんなものがあるなあ。
お岩さんのお墓にお参りする。

一番奥にあるらしいが、広大な墓地である。
由緒書きがあった。
多くのお岩さん信者が居るようだ。
だから、商店会があるのだろう。

浅野家の墓も近くのようだ。
浅野家のお墓である。
どうしてここにあるのだろう?
忠臣蔵四十七士の墓との関係は?

それはさておき、お岩さんのお墓である。
古い墓石であるが、よく手入れされている様子である。
前出の由緒書きにあるとおり、信者がよくお参りされているようだ。
お岩さんは、この地の人たちに「お岩様」とよばれて、大事にされていたのである。

こんな出会いがあるから街歩きが面白い。
更に私の様な方向音痴は、時々このような行き当たりがあるから楽しい。
改めて「都電界隈も奥深い」と思った。
益々楽しみである。

その際、近くに「お岩通り商店会」があって、
「あのお岩さん?まさかね」とのコメントを書いた。

他の記事で都電を再訪した時のこと。
西ヶ原4丁目駅と新庚申塚駅の中間に踏切がある。

都電によくある小さな踏切である。
その踏切の西側にお寺があった。
一応訪問するのが街歩き人の習性であり、今度もそうした。

「長徳山妙法寺」とある。
「お岩通り商店会」の街灯の下の石碑に、「お岩様」の文字が見える。

えっ!?
どうやら、お岩さんのお墓があるらしい。
「明治42年に四谷から移転された」とも書いてある。
その脇にある石碑には見づらいけど、「浅野内匠頭の墓」もあると書いてある。

当然、入ってみる。
入って最初にある石碑に「四谷怪談お岩様の寺」と書いてある。

間違いない!
あのお岩さんである。
その先には「うなぎ供養塔」が建っている。
んっ???

魚河岸関係者のお寺でもあるらしい。
いろんなものがあるなあ。
お岩さんのお墓にお参りする。

一番奥にあるらしいが、広大な墓地である。
由緒書きがあった。
多くのお岩さん信者が居るようだ。
だから、商店会があるのだろう。

浅野家の墓も近くのようだ。
浅野家のお墓である。
どうしてここにあるのだろう?
忠臣蔵四十七士の墓との関係は?

それはさておき、お岩さんのお墓である。
古い墓石であるが、よく手入れされている様子である。
前出の由緒書きにあるとおり、信者がよくお参りされているようだ。
お岩さんは、この地の人たちに「お岩様」とよばれて、大事にされていたのである。

こんな出会いがあるから街歩きが面白い。
更に私の様な方向音痴は、時々このような行き当たりがあるから楽しい。
改めて「都電界隈も奥深い」と思った。
益々楽しみである。