鹿の親子
サツマイモの苗が届いたという連絡があり、急いで畝を作った。よく晴れて、日差しは強いが吹いてくる風だけはまだ涼しい。一時を経て、桃、イチジク、柿の木の様子を見るために山を登る。桃の木の小さな実が先に見た頃よりは少しは大きく成長していた。虫に食われたり成長を止めて萎れはじめた実を摘む。
その後、さらにイチジクを見るために小道を辿っていると、五十メートルほど先の丘から、お尻あたりを白いふさふさした毛に覆われた鹿が飛び出して来るのが見えた。そのすぐ傍らを子鹿も走り抜ける。驚いて立ち止まって見ていると、親鹿の方もすぐ立ち止まって振り返ってじっと自分の方を見つめている。その立ち姿があまりにも優雅で美しいので、魅せられるように見入っていると、母鹿の方も首をすくっと立ち上げてこちらを見返している。
警戒心をなだめるつもりで口笛を吹きながら近寄ってゆくと、その近くに子鹿の姿が見えた。白いまだら雪のような斑点を脇腹に残していて、とても可愛らしく美しい。
まもなく、子鹿の方が丘の奥に向かって駆けだし、草むらのなかに姿を消してしまった。するとすぐに、母鹿の方も子鹿の跡を追って姿を消してしまった。一瞬の遭遇だったけれど、この山で鹿の姿を見るのは初めてだった。鹿たちの母と子の姿は優美でかわいらしく、表現しうる言葉を持たない。
これまでにも植えたビワの木の苗木が、せっかくにきれいな若葉を付けて根付きはじめたと思っていた矢先にも食われてしまい、成長を止めて枯れて死んでしまった。そんなことも三度ほどあり、また先頃もイチジクの前に鹿の糞らしいものを見つけていたから、鹿の出没しているらしいことは予測していた。しかし、出会うのは初めてだ。
イチジクに成っていた青い実が、来るたびに数を減らしていたので、おそらくこの鹿たちが盗み食いをしていたのだろう。サルどもなら憎らしいけれども、この母子鹿なら黙認してやろう。垣根を作ってまで収穫を守ろうとも思わない。熟した果実が残されていれば、それは幸いな巡り合わせに過ぎない。
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