2021(令和3)年4月30日(金)晴。
花過ぎて わかばあおばの さつきかな
桜の季節もあっという間に過ぎ去ると、賀茂川沿いの川端通りも桜に代わって赤や白い花のツツジやサツキが彩を添えるようになります。花を散らした桜もこの頃には青葉若葉を日々濃くしてゆきます。北東の方角にいつも眺める比叡の山も柔らかいビロードに覆われるように青くなってゆきます。
このブログのタイトルも「作雨作晴」としながら、日々の投稿もほとんどなく、まるで死んだブログのような状態で、今年の四月も過ぎ去ってしまいました。この四月に入って突然に悲しい出来事があり、また事務的な雑用もあって瞬く間に花の四月も過ぎ去ってしまいました。
振り返ってみると、このブログを始めたのは2005年6月になっていますから、すでに時間だけは15年以上も経過していることになります。小難しい超マイナーのブログで、しかも勤勉なブログではなく、その意味では多くの人にはあってもなくても同じような、きわめてその存在の影も薄いブログです。遅かれ早かれそれもフェードアウトして行くのも時間の問題であることも確かです。
ただ十数年以上もブログを継続していると、その途上でさまざまな余所様のブログにも出逢います。また、これまでにも消えたり停止したりする多くのブログの消長にも立ち会いました。中にはそのブログの停止が管理人の死去によるものらしいものもあります。いずれにしても、人間の寿命が永遠でない以上、永遠に継続するブログも当然のことながらありえません。
とはいえ、幸いにもインターネットが登場することによって自分の思いや考えを誰もが自由に発信できるようになったのはありがたいことではあります。そうでなければ、不特定多数の人々を相手にして自分の考えや思いを発信できるのは、これまでは本や雑誌に発表の場を許されている職業的な評論家や作家、また大学教授などといった一部の人々に限られていましたから。
だから、私のような世間の片隅に生きる単なる無名のディレッタントもどきが、たとえ世の中に自分の考えや思いを伝えたいと思っても、その手段や方法もありませんでした。人生の後半期に入ってからとはいえ、それでもインターネットの環境を与えられ手に入れることのできたことは、私のようなものにとってはまことに幸運なことでした。もちろん、もっと早く青少年の頃からネットを活用できていればドンナに良かっただろうと思うのはないものねだりというべきなのでしょう。
しかし、それでもともあれ、国家や政治体制についての根本的な理念、イデーやその思想の最少限はこのブログでもすでに明らかにしえたと思います。ただ、それは憲法学者の樋口陽一氏や今はなき元東京大学名誉教授、奥平康弘氏らの憲法観、国家観を、またマルクス主義を批判するものとなりました。
とはいえ、個人的にはやり残した仕事はまだ多くあります。ほぼ10年前位に手をつけたまま、そのまま放置したままになっている「詩篇」の翻訳と註解もそうですし、私のキリスト教観を明らかにすること、また、それはヘーゲル『哲学入門』の翻訳と註解の仕事と並行することになると思いますが、多くの哲学上の課題もほとんど手付かずのままといった状態で残っています。西行やバッハについてもそうです。できれば「小説」も書きたいと考えていますが、これもまた私の見果てぬ夢に過ぎません。哲学者である牧野紀之氏の提唱された、いわゆる「自然生活」の夢も残されています。
日々に書きつける日記は青少年時代からかなり克明に大学ノートに記録してきましたが、2013年頃の生活上の変化をきっかけに、中断したままになっています。その代わりというか、毎日というわけには行かないけれど、断続的には日記用ツイッターやブログに日々の記録を日記ノート代わりに残してはあります。このブログ「作雨作晴」もその一つですが、プライベートの日記はもちろん公開すべきものでもありません。(ツイッター社やブログ運営会社が非公開のツイートや記事をどのように扱っているのか精確なところはわかりません。)
いずれにしてもほぼ一月以上にわたって、このブログ「作雨作晴」や哲学上の論考を記録しようとしている「夕暮れのフクロウ」の二つのブログの記事を放置したままのようになったのははじめてのことだと思います。
これからもどこまでやり抜けるかわかりませんが、神のお許しのある限り、「倦まず弛まず」、ゲーテ流に言えば、「Eile mit Weile 」の精神で歩んで行きたいと思います。
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