外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

フィリーズ

2010-07-26 09:46:21 | スポーツ全般
フィリーズとロッキーズの試合は、午後1時半に始まりました。
ちなみに、球場の日本勢の広告は、トヨタとカシオがありました。

青空から強烈な陽射しが降り注ぐ下、フィリーズの帽子やTシャツで身を固めた熱狂的なファンが球場を埋め尽くしました。


試合は、ロッキーズに一点先行を許すも、フィリーズが二点本塁打で逆転。
するとロッキーズも二点本塁打で再び逆転。
その後、フィリーズが再三得点圏に走者を出して、押せ押せの攻撃を続けるという、とても面白い展開となりました。

ただ、直射日光のあまりの強烈さと、その陽射しに焼かれた足元のコンクリートからの熱気に、私は堪らず客席後方の日陰に避難。
周囲を見渡すと、私以外にも数多くのファンが避難していました。

そうしているうちに、薄曇りになってきて、これは良かったと客席での観戦を再開して暫らくすると、空の彼方から雷鳴が響き始め、雨がパラパラと降り始めました。

私の周囲の観客たちは、「少しシャワーが来た方が涼しくなっていい」と話していて、私も同感でした。

ところが、雨足がただならぬ強さになってきて、かつ強烈な横なぐりの風も吹き出したのです。

そして、六回裏を終わった時点で、遂に内野にシートが敷かれて試合中断。

でも、みんな通り雨だと、売店を囲んでビールをガンガン飲んで、試合再開を待ちました。

売店の脇には似顔絵コーナーもあり、なかなか繁盛しています。


しかし、雨と風は一向に弱まらず、加えて気温が急速に低下してきました。
私でも寒くて困ったぐらいで、女性ファンたちは震え上がっていました。

午後6時過ぎのニューヨーク行きアムトラックを予約している私は、後ろ髪を引かれる思いで球場を後にし、フィラデルフィア駅に早めに移動しました。

すると、アムトラックのダイヤも乱れていて、午後4時過ぎにフィラデルフィアに来るはずの列車が5時半過ぎに到着することに。

私は予約を変更してもらって、本来乗車するはずだったアムトラックの二本前の列車でニューヨークに戻りました。

アメリカに来てから、ずっと好天に恵まれていましたが、今日はずぶ濡れになりました。
ポケットに入れていたドル紙幣も濡れてしまい、自動販売機が受け入れてくれなくなりました。

明日からは、再び晴天という天気予報ですから、また野球日和になりそうです。。
Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フィラデルフィア

2010-07-26 07:21:47 | スポーツ全般
今日は日帰りでフィラデルフィアに来ています。
フィリーズとコロラド・ロッキーズの試合を観るためです。

ペンシルバニア州フィラデルフィアは、ニューヨークのペン・ステーションからワシントン行きのアムトラックの普通列車に乗ると、1時間半弱で着く距離にあり、ペンシルバニア大学、テンプル大学などがキャンパスを構える、人口150万人の大都市です。

ニューヨーク/ペン・ステーション
→ニューアーク/ペン・ステーション
→ニューアーク/リバティ・エアポート・インターナショナル
→メトロパーク
→トレントン
→フィラデルフィア

前に勤務していたGMの金融子会社のオペレーション・センターがフィラデルフィアにあったので、5年ほど前に出張で来たことがあります。
ただ、その時は一緒に出張した米国人スタッフが、ニューヨークのJFK空港でレンタカーを借りてフィラデルフィアのオフィスに直接入ったので、アムトラックで行くのは初めて。
したがって、全くといって良いほど、市内の公共交通を使った時の土地勘はありません。

でも、その時に、治安の良さそうな町だったという印象があったので、野球のチケットだけインターネットで予約して、球場へのアクセスは駅に着いてからフリー・マップで調べるという、いい加減な観戦プランでした。
(;^_^A

冒頭の写真は、この乗換駅の地点に聳えるシティ・ホールです。
さすがアメリカ独立の歴史で重要な役割を果たした街・フィラデルフィア。
その歴史の重みを十分に感じさせてくれる建物です。

私が乗った地下鉄は、ステンレス製のモダンな車両で、それほど興味が湧くものではありませんでした。
ただ、地下と路面を走る路線もありまして、こちらの車両は、いかにも路面電車らしい、味のあるものでした。


フィラデルフィア駅前にある地下鉄30丁目駅からブルートレインに乗車。
一駅目の15丁目/City Office駅でオレンジトレインの南行きに乗り換え、終点のPattion駅で下車します。
※フィラデルフィアの地下鉄は、トークンという硬貨のような乗車券を現金で買います。
乗車一回ごとに2ドルです。

地上に出ると、深い緑の公園、フットボール場、コンサート会場などが整然と並ぶ、だだっ広い光景が眼前に。
その一角に、フィリーズの本拠地、シチズン・バンク・パーク球場があります。
ところで、試合開始より4時間も前にフィラデルフィア駅に到着したので、少し市内を歩きました。

デラウェア川のほとりに、船に関する博物館があるとフリーマップに書いてあるので、訪れてみました。

川沿いに、帆船、スペインとの戦争で活躍した砲艦、そして第二次大戦と東西冷戦で活躍した潜水艦が展示してありました。

その展示を見ながら川沿いの遊歩道を歩いている時、川の対岸に、やたらとデカい軍艦が停泊していることに気がつきました。


博物館のスタッフに尋ねると、戦艦ニュージャージでした。
考えてみれば、川の対岸はニュージャージ州。
戦艦ニュージャージは、いわばご当地艦です。

対岸とはフェリーで行き来でき、戦艦ニュージャージを間近で見学できるらしいのですが、野球の試合開始時刻が迫っていたので、フェリーは断念しました。

フィリーズ観戦のことは別の記事といたします。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヤンキースタジアム

2010-07-25 07:23:59 | スポーツ全般
今朝、テレビを眺めていたら、先日摘発されたロシアの美人スパイのフィギュアが発売されたとニュース番組で話題になっていました。
リカちゃん人形のような大きさでしたが、アメリカの商魂はさすがですね。

さて今日は、ヤンキー・スタジアムでヤンキースとロイヤルズのデイ・ゲームを観戦いたしました。

2008年の8月に来た時は、古いヤンキースタジアムの最終シーズン。
隣接地に今の球場が急ピッチに建設されている真っ最中でした。
2009年訪問時のブログ記事
思い返せば、前回の観戦の直後に全世界をリーマンショックが襲ったわけで、このブログを書いた頃は、アメリカも日本も、好景気をエンジョイしていた時期です。
ただ、「あの日に帰りたい」と思っても、そうはいかないのですが。

さて、ミッドタウンからヤンキースタジアムに向かう時、どの電車に乗るか分からずにホームでうろうろしている老夫婦を見つけました。
二人ともヤンキースの帽子とTシャツという姿なので、一緒に行きましょうと私が声をかけたのをきっかけに、すっかり意気投合。
地下鉄に並んで座って、おしゃべりしました。

二人は、テキサス州のエルパソを朝6時に出て、先ほどニューヨークに着いたばかりで、今回が初めてのニューヨーク旅行だと。
ヒゲもじゃのお爺さんで、気さくで陽気な、いかにもテキサスっぽい人。
奥さんも常にニコニコしている優しそうな人でした。

「テキサスの方が暑いんでしょ?」と私が訊くと、
「テキサスの方が温度は高いけれど、ドライ・ヒート。ニューヨークは湿度が高くて堪らん。汗だくだ」

次はお爺さんが、
「お前のTシャツは、面白いな」と質問してきました。
実は私、WASEDA BASEBALLのロゴの入ったシャツを着ていました。
「これは、私が卒業した、東京にある大学の野球チームのシャツなんです」と答えました。

すると、私たちの前に立っていた若い黒人男性が
「ワタシ、ニホンゴ、スコシ、ハナシマス」と雑談に参加してきました。
聞けば、ニューヨーク大学の学生で日本語の勉強を始めたばかりだと。
すると、テキサス爺さんが、「お前は努力家だな。きっと出世するぞ、ガッハッハ」と学生を明るく励ましました。

「早稲田は野球が盛んな大学なのか?」とお爺さんが訊くので
「早稲田は、二十世紀の初めに渡米して、シカゴ大学に野球を教わった。早稲田は、シカゴ大学に敬意を表して、現在もシカゴ大学と同じマルーンカラーをスクールカラーとして使わせてもらっている」と胸の海老茶色のロゴを指差しながら説明すると、夫婦も学生も、それは面白いと大受け。
「お前は野球をプレーするのか」と訊くので、
「見るだけです」と私。
すると学生が
「ワタシ、ヤキュウハミマスガ、ヤキュウハシマセン」と日本語で復唱。
私が褒めると、学生は大喜びしていました。

アメリカは、解放的で明るい人が多くて楽しいです。
さて、そうこうしているうちに球場に着きました。

昨年竣工したばかりの球場は、さすがに最新鋭の設備満載で、マイナー球団の球場と比べると、駆逐艦と原子力空母のようです。

球場の壁面に目をやると、ソニー、コマツ、キャノン、カシオ、シャープ、トヨタ、そしてキッコーマンの広告が出ていました。

お腹が空いたので、売店を物色していたら、何と寿司コーナーがありました。
注文してから手際よく作ってくれます。
写真は、マグロ、エビ、アボガドなどの寿司で、その名も「レインボー・ロール」


お寿司が16ドル、ビールが5ドルで、合計21ドル。
精算はクレジットカードをカードリーダーに読み取らせるだけですから、至って簡単。

なお、お寿司に付いてくる醤油がキッコーマン。
同社が球場に広告を出している背景が判りました。

なお、アルコールを買うときには、パスポートなどの写真付きIDの提示が必要です。

マイナー球団2試合を見た後なので、メジャーの選手たちの、肩の強さ、プレーの正確さ、打球の強烈さに改めて感心しました。

猛暑の中での観戦でしたので、汗だくでフラフラになりました。
シャワーを浴びて、仮眠をとってから、夜の街に繰り出します。

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミリオンダラー・カルテット

2010-07-24 18:51:54 | 音楽
ロックンロールがテーマのミュージカル『ミリオンダラー・カルテット』を観ました。

時は1956年12月4日、場所は、メンフィスにあるサン・レコードのスタジオ。
サム・フィリップスという敏腕プロデューサーの骨折りによって、既に時代の寵児となっていたジョニー・キャッシュ、ジェリー・リー・ルイス、カール・パーキンス、そしてエルビス・プレスリーという、4人のスーパースターが顔を揃えて、一回限りの競演をしました。

このミュージカルは、その史実に基づいて、4人のスーパースターの仕草、話し方、そして歌い方を徹底的にマスターしたブロードウェイの俳優さんが、その4人の競演の様子を再現するという企画です。

俳優さん、いやミュージシャンの域に達している4人は、歩き方、仕草、話し方、演奏スタイル、そして歌い方が、昔のフィルムに登場する四巨頭と瓜二つ。
いやはや驚きました。

最後の演奏では、客席全員が立ち上がり、殆どの人が踊りだすほどの熱狂ぶり。
本当に素晴らしいステージでした。

プレスリーやジェリー・リー・ルイスのファンの方は日本にも少なくないと思いますが、このミュージカルは必見ですよ!

ところで、偶然といいますか、昨年の10月に、私はメンフィスに旅行して、そのサン・レコードのスタジオを訪れています。


訪問の記事
↑その記事に貼りつけた写真の背景の壁に、その歴史的な競演の時の写真が写っていますので、ぜひ確認してみてください。

当時のブログ記事を読み返して、案内役の女子大生・ジェシカの説明風景を思い出しました。

写真は、そのヒトコマ。

この時、スタジオ内には、ジェリー・リー・ルイスの『火の玉ロック』が流れていまして、「この曲が流れると、必ずお客さんたちが曲のリズムに合わせて首を振りだすのよ」と、嬉しそうに話してくれるジェシカでした。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

A列車で行こう(北方面編)

2010-07-24 11:40:39 | 社会全般
車窓からのジャマイカ湾の眺めが素晴らしかったというものの、南方向の終点・Far Rockwayには今一つ感動がありませんでした。

気持ちを切り替えて、北の終点・Inwood/207丁目を目指しました。
Far Rockwayで車掌さんに所要時間を訊いたら1時間33分との回答。
『ただし、何も問題が無い場合だよ』というコメントも。
案の定、ドアの故障で、出発が10分遅れました。
(;^_^A

この207丁目の訪問は、気分的には探検に近いものがありました。
旅行者向けガイドブックでは、マンハッタンの案内地図は110丁目あたりで切られてしまい、それより北側は案内の対象外。
つまり旅行者が行くことを想定していないエリアなのです。
これはブラック・ハーレムの治安が悪い時代が長らく続いたからでしょう。

駅に到着して、恐る恐る地上に出てみると、意外な風景が待っていました。
清掃の行き届いた道路、きちんと維持管理されているアパートメント、常識的な服装と髪型の住民たち。
白人の若い夫婦や赤ちゃん連れも多くて、不安が吹き飛びました。


駅の近くにはインウッドヒル・パークがあり、ベンチで静かに読書する人、子供と野球する人、赤ちゃんと芝生で遊ぶ人など、実に穏やかで平和な空気が流れていました。

公園の脇にはハドソン川が流れていて、水鳥も羽を休めています。


ただ、タクシーは全く流していませんし、夜間に訪問するような場所ではありません。
でも、昼間ならば全く問題なく散策を楽しめる場所です。

Aトレインによる小さな旅は、北方面の訪問に収穫がありました。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

A列車で行こう(南方面編)

2010-07-24 07:48:45 | 社会全般
今日は夜八時のミュージカルまで、具体的な予定がありません。
一方、昨日はベッドメイキングをパスしたので、今日はいったん出掛けて、その間に部屋をきれいにしてもらいたいところ。

どうしたものかとメトロ・マップを眺めていた時、一つのアイデアが閃きました。
『Aトレインを始点から終点まで乗ってみよう。』

もちろん、Aトレインといえば、私が心から尊敬するデューク・エリントンの名曲『A列車で行こう』が真っ先に頭の中に浮かびます。

ちなみに、この歌詞に登場するシュガーヒルは、ビジネスに成功した黒人が邸宅を構える、ハーレムの高級住宅地です。
エリントンも、音楽で成功した後に、自宅をシュガーヒルに建てました。

You must take the A train
To go to Sugar Hill way up in Harlem
If you miss the A train
You'll find you missed the quickest way to Harlem
Hurry, get on, now it's coming
Listen to those rails a-humming
All aboard, get on the A train
Soon you will be on Sugar Hill in Harlem
ハーレムのシュガーヒルに行くならば、Aトレインに乗らなくっちゃ
Aトレインを乗り損なったら、ハーレムに行く近道を逃したと後で残念に思うはずさ
さあ、急いで
もう列車がやってくるよ
ほら、レールが唸り始めたでしょ
皆さん、Aトレインにご乗車ください
ハーレムのシュガーヒルはすぐですよ

私が大好きなボーカルグループの一つ、デルタ・リズム・ボーイズが歌う『A列車で行こう』の渋いハーモニーをぜひ聞いてみてください↓
携帯用リンク
パソコン用リンク

さて、ホテルを出発した私は、42丁目/タイムズ・スクウェアからAトレインの下り電車に乗りました。

Aトレイン下り線は、ロウアー・マンハッタンからイースト・リバーを地下をくぐり抜けてブルックリンに進み、JFK国際空港の南側のジャマイカ湾を鉄橋で越えて、Far Rockwayという終点まで走ります。

ブルックリンの南端に、愛知県の渥美半島みたいな半島が突き出していて、その根元近くにFar Rockwayがあります。

ここまで来る途中にRockwayという駅がありましたから、『ロックウェイのずっと向こうの駅』がFar Rockwayということだと思います。
日本でいえば、日光に対する奥日光みたいなものでしょうか。

駅前には、高いビルは見当たりません。
行き交う人々は、アフリカ系あるい中南米系の人が目立ち、服装も髪型も、母国の文化をそのまま持ち込んでいる感じです。
良くも悪くも、アメリカ擦れしていない街といえるでしょうか。
休憩したマクドナルドでも、私の左右の客とも、英語以外の言語で話していました。

東西を海で挟まれた土地で、カモメが街の空を、まるでカラスのように飛んでいます。
そして、JFK空港を離陸したジェット旅客機が、フルスロットルで街の上を上昇していきます。その爆音がかなりのレベルです。

マリンスポーツが大好きなアメリカ人たちが、この土地にあまり住もうとしなかった理由が判りました。

Aトレイン上り線については、別の記事にいたします。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

早早戦

2010-07-23 17:01:39 | 大学野球
オフ会仲間から、西東京大会の準決勝で早大学院と早実が激突することになったとお知らせをいただきました。
夢の早早戦の実現です。

行こうにも行けない状況にある私が言うのもなんですが、早稲田ファンの方にとって、この試合は新幹線に乗ってでも見に行く価値があると思いますよ。
たぶん一生に一度あるかないかという対戦ですから。

早稲田実業は、古くから早稲田に校舎を構え、早稲田大学が東京専門学校という校名であった時代から『早稲田』と名乗っていた老舗の商業学校が前身。
国分寺に移転して、今や小学校から高校までの早稲田直系の進学校に生まれ変わりました。
ちなみに私の目黒第六中学校からは、地元・五本木商店街の荒物屋さんの跡取り息子Mくんが進学しました。
当時、早実から大学への内部進学は狭き門であったと聞いていますが、Mくんは見事に商学部に進学しました。

かたや早大高等学院は、早稲田大学に属する旧制高校(新制大学の教養課程に相当)として、今の文学部キャンパスに校舎を構えていた、早稲田大学の分身ともいえる存在。
早稲田が新制大学に移行する際、学院は新制高校に生まれ変わり、しばらく従来の場所に校舎がありました。
その後、上石神井に移転して、今や中高一貫校となりました。
ちなみに私の中学校からは、私と同じ都立22群を受験して都立戸山高校に合格した同級生Aくんが、悩んだ結果、早大学院を選びました。
学院は、医学部に進む場合などを除き、当時から全員が早大に進学する学校。
中学校時代から理数系科目が得意であったAくんは、予想通り、大学では理工学部に進みました。

生い立ちは異なる学校ですが、だからこそ各々に独自のプライドがあるはず。
きっと熱い戦いになると思います。

それにしても、ラグビーならばセカンド・ジャージを着用するところですが、野球ですから、ほぼ同じWASEDAのユニフォームの選手が戦うわけです。
その光景を想像するだけでも、ワクワクしてしまいますね。

私個人は観戦できませんので、残念でなりません。
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブルックリン・サイクロンズの試合

2010-07-23 12:45:58 | スポーツ全般
サイクロンズの試合は、九回裏に、サイクロンズがサヨナラ勝ちするという展開で、大変な盛り上がりをみせる結末となりました。

さて、観客の8割が小学生という状況ですから、とても興味深く観察しました。

まず、小学生たちは、学校もしくは地域ごとに色の異なるTシャツを着用していました。
もちろん、引率する先生たちが人数確認などを容易にするために事前に取り決めがあるのだと思いますが、とても鮮やかな色使いなので、観客席がとても華やかになる効果もあります。

また、事前に手作りのプラカードなどを学校で作成して球場に持ち込んできています。
いわゆる図工の授業の中に、プラカード作りが組み込まれているのかも知れません。

また、お小遣いを子供たちも持参していまして、ポップコーン、アイスクリーム、フライドポテトなどの売店には、試合中でも長蛇の列ができていました。

そんな小学生たちを受け入れる球場スタッフも大忙し。
まず、チームキャラクターのサンディが、内野席から外野席までをずっと動き回り、子供たちに愛嬌を振りまきます。
彼は大変な人気者で、子供たちが『サンディ!』と叫んで抱きついていきます。
(冒頭の写真)

このサンディ以外にも、もう1人(一羽?)のマスコット、そして道化師役の男性がいまして、同じように内外野を駆け巡ります。
時には、グラウンドで三人揃ってロックンロールを踊り、子供たちも興奮して、ベンチ上に飛び乗って一緒に踊っていました。


このチームマスコット以外にも、6名のチアガールがいました。
恐らく地元の高校生だと思います。
彼女たちは、ベンチ上やグラウンドで踊るだけでなく、大きな水鉄砲を持って、観客席の子供たちに向かって水をかけて回ります。


カンカン照りの中での観戦ですし、Tシャツに着替えていますから、子供たちも気兼ねすることなく『僕に水をかけて!』『私にも!』と水鉄砲に寄ってきます。

これ以外にも、ファールグラウンドを使った数々のアトラクションがあるのは、一昨日のスタテン・アイランド・ヤンキースと同じ。

明るく元気な子供たちが、天真爛漫に大はしゃぎする様子に、私も心を洗われる気持ちでした。
そして、平日の昼間に試合を開催する目的も良く理解できました。

とにかく今日も、心の底から楽しませてもらいました。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

MCUパーク

2010-07-23 06:41:00 | スポーツ全般
今日は、ブルックリンのコニーアイランドにあるMCUパーク球場に行きました。
メッツの1Aであるブルックリン・サイクロンズとボストン・スピナーズのデイ・ゲームが行われるからです。

マンハッタンの地下鉄34丁目駅から地下鉄Bトレインに乗ると、40分ぐらいで終点のコニーアイランド駅に着き、そこから徒歩5分で球場入口に着きます。
(冒頭の写真)

平日の正午に試合開始なので、ネット裏のチケットを17ドルで買って、一時間前の11時に入場しました。

一昨日のスタテン・アイランドの様子を考えれば、さすがに今日はガラガラだろうなと思っていたのですが、それが大間違い。

黄色のスクールバスが続々と球場前に乗り付けて、子供たちが列をなして観客席に入ってきて、ふと気が付くと、まず外野席が、子供たちで一杯になりました。

※写真からは判りにくいかも知れませんが、外野席の向こう側には、海が広がっています。
ちなみに、球場の隣には遊園地があります。

子供たちを引率するのは学校の先生ばかりでなく、地域の中高生たちも。
みんな汗だくになって、はしゃぎまくる子供たちを統制していました。

『中高生が地域の子供たちの面倒をみるっていうのは、ちょっと羨ましいなあ』などと眺めているうちに、内野席もほぼ満員となってしまいました。


もちろん、サイクロンズの帽子やユニフォームを着込んだ野球好きの大人もたくさん来ているのですが、『今日の主役は子供たちだよ』という感じで、遠巻きで観戦しています。

場内放送のエレクトーンの音色に合わせて、『レッツゴー!サイクロンズ!』と叫ぶ子供たちの笑顔を見ていると、地域に根ざしたアメリカの野球文化の裾野の広さが良く分かります。

ニューヨーク・メッツを例にとると、何とマイナー球団を7つも抱えています。
AAA:バッファロー・バイソンズ
AA:ビングハムトン・メッツ
A:セントルシア・メッツ
A:サバンナ・サンド・ナッツ
ショートシーズンA:ブルックリン・サイクロンズ
ルーキーリーグ:キングスポーツ・メッツ
ルーキーリーグ:ガルフコースト・メッツ

サイクロンズは、1Aとルーキーリーグの中間という位置付けで、大相撲でいえば序二段ぐらいの感じでしょうか。

サイクロンズ以外の各チームも、地域で認められ、必要とされるような活動を行なっているのでしょう。

未熟なレベルの力量の選手、まだプレーでお金を稼ぐことができない選手たちに這い上がるチャンスを与える一方で、地域に根ざした存在として認めてもらう工夫を凝らして、球団経営が成り立つビジネスモデルを作り上げていく。
大したものです。

歴史も風土も異なるので仕方ないのですが、日本における野球、そして他の競技種目についても、色々と考えさせられます。

試合の様子は、別の記事としてお知らせいたします。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミュージカル『メンフィス』

2010-07-22 16:07:56 | 社会全般
今日は、ブロードウェイ・ミュージカル『メンフィス』を観ました。

ラジオのDJをやっている白人男性がブラック・ミュージックを気に入り、様々な妨害や偏見に遭いながらも、そのプロモーションに努力していく物語。
それまで、黒人街だけの音楽だったものが、彼のラジオ番組を通じて徐々に白人の若者たちの間に浸透し、最後は全国区で、ロックンロールとして楽しまれるようになっていきます。

人種差別、偏見の要素が絡む、ちょっと難しい側面のあるテーマだと思うのですが、コミカルな明るいタッチで上手く構成されています。

舞台は、アメリカ南部のミシシッピ川沿岸の街・メンフィスのビール・ストリート。
ちょうど、昨年10月に私が旅行した場所で、確かに黒人中心の独特の雰囲気の一角でした。
ビール・ストリートの記事

ジョーク満載のセリフが客席を沸かせるのですが、私の英語力では正確に聞き取ることができなかったり、何がおかしいのか理解できなかったりするのが、少し残念でした。
でも、出演者たちの艶と厚みのある声、キレのあるダンスが本当に素晴らしいので、十分に楽しむことができました。

また、ブラス・セクションも加わった演奏も大迫力。
もちろん、プレイヤーたちの腕前も一級品です。
ニューヨークですから、半端なバンドマンはいません。

観客席は、年輩の家族連れが多かったのですが、二階席には黒人の若者グループも目立ちました。

さて、今日は街歩きもしました。
チェルシー地区では、チェルシー・マーケットで食事したり、母に頼まれていた絵本を見つけ出して買ったり。


写真は、マジソン・スクエアの隣にある中央郵便局。
日本では、総務大臣だった鳩山邦夫さんが日本郵政の西川さんを吊し上げて、丸の内の東京中央郵便局の建物の一部保存を決めました。

ただ、ニューヨークの中央郵便局の威容を目の当たりにすると、東京の中央郵便局の建物が、莫大なコストをかけて一部保存する価値のあるものだったのかなあと、疑わしく思えてきます。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする