クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

天王寺のご利益~谷中散歩・8

2015-10-30 | クリン江戸散歩

 谷中れいえん(霊園)に となりあわせて、天王寺というお寺があります。

 っていうか、谷中れいえん(霊園)のしき(敷)地が、

江戸時代、

ほぼ 

天王寺のしき(敷)地でした

 昨日、お伝えした「五重塔」も、天王寺のけい(境)内に あったものです

 現在の天王寺は、ふつうサイズの しずかなお寺ですが、

そうは見えない、

ハランバンジョー(波乱万丈)の れきし(歴史)が 

あるらしい・・。

 それは、江戸時代に、天王寺をおそった、2度の法なん(難)


天王寺が、

江戸ばくふ(幕府)に きらわれていたことに

由来する、

苦なん(難)の あゆみです

 もともと、にちれん(日蓮)宗のお寺だった、天王寺。


にちれん宗には、

政治けん(権)力と 

だきょう(妥協)しない、

「不受布施派」という グループがあり、

天王寺は、そちらに ぞく(属)していました。


いわく!

 「法華経を信じない人からは、施しは受けないし、

また、施しを与えない。 それが、たとえ・えらい相手でもね

 という、手ごわいグループに ぞく(属)していたのです


関東における、

このグループの中心だった

天王寺は、

ばくふ(幕府)に にらまれ、

いじめられて、

住しょく(職)が 島流しにされたり

天台宗に 改宗させられたりしました


 その後、お寺は、江戸時代の宝くじである「富くじ」の 開さい(催)地になり、

「江戸の三富」として

大いににぎわったそうです

・・・・・

じゅんすい(純粋)に 

信こう(仰)を守りたかった

お坊さんたちにとって、

わざわざ 自分とこのお寺が

「宝くじの発券所」にされるのは、

グロウ(愚弄)されたみたいで

だらく(堕落)させられたみたいで

イヤだったんじゃないかな・・・

クリンは 思いました。


 「この六尺仏は、流罪になったお坊さんが造らせたみたいだね。」

せつめい(説明)板をよんだ

チットが、

仏ぞうに、

そっと

手を合わせました

 クリンも、そっと・手を合わせたけど、そのしゅんかん(瞬間)、

ふと、

ふきんしん(不謹慎)なことを

ひらめいてしまったのです

 (ここでお祈りしたら、今度の年末ジャンボ、当たっちゃうんじゃないかなあ ウフ♪)


と、

その時


(ガサガサッ)

 「この、バチあたり者


「ワア~~ ごめんなさい~~」  (つづく)









 

コメント
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