今朝、
すごいことが ありました
「えええ?」
ブロ友の こーすけさまが、
クリンの
にがおえ(似顔絵)を
ひろう(披露)していたのです
こーすけさま・・
うれしいんだけどさあ・・
クリン・・ こんなに
さんぱくがん(三白眼)
じゃない
と思う。。
(・・・いや 実は、上目づかいの時、
けっこう
さんぱくがん
に
なっているんだろうか)
今朝、
すごいことが ありました
「えええ?」
ブロ友の こーすけさまが、
クリンの
にがおえ(似顔絵)を
ひろう(披露)していたのです
こーすけさま・・
うれしいんだけどさあ・・
クリン・・ こんなに
さんぱくがん(三白眼)
じゃない
と思う。。
(・・・いや 実は、上目づかいの時、
けっこう
さんぱくがん
に
なっているんだろうか)
年明けから ずっと、東国の話だい(題)
(千葉・茨城の寺社・稀勢の里)
を
つづけてきた
うちのチットが、
「今の気分に ぴったりの版画が
ある。」
といって
ながめているのは、
やはり、
お気に入りの
かさまつしろう(笠松紫浪)の「新版画」(※)です。
それは、<古利根川>
千葉・茨城・さいたまの人が、
とくべつな思いをもって ながめる、利根川。
その、本流を描いた この作品は、
チットの 大のお気に入りです。
かさまつしろうは、「新版画」の名手、かわせはすい(川瀬巴水)
と
同じ、
「伊東深水」門下生で、
東京や、その近郊を だいざい(題材)として、
大正~昭和にかけ
多くの
ステキな はんが(版画)を
のこしました
ぎんざ(銀座)・しんばし(新橋)・いけのはた(池之端)・・
を
描きおこした
これらの 作品は、
その 空気かん(感)も ふくめて
関東人の
心を とらえて はなさない・・
・・と、「紀の国坂」の雨のけしき(景色)などを
見ると、
クリンでさえ、そう 思います
(が・・・
あまりに、「優良作品」の 点数が多いので、
さんざい(散財)のきっかけになってしまうかも
しれません。。
(関東の方、ようちゅうい)
年末に 放送された、NHK「民謡グランドチャンピオン」
の
ろくが(録画)を、
くり返し見ていた
うちのチットが、
「・・この中村優さんって、歌い手さん、優勝しなかったけど
うまいねえ~。
山中節では、
米八を 彷彿させる逸材だわ。」
と
たたえました
やまなかぶし(山中節)とは、石川県の「山中温泉」
で
生まれた
みんよう(民謡)で、
よねはち(米八)とは、
山中ぶし(節)を
完成させた、
芸者さんの 名前です
クリンたちも 行ったことがある、かが(加賀)の
山の中に
わき出ずる、
おゆ(湯)の ゆげ(湯気)から、生まれたうた
はかなく・口ずさむ
中村さんの
うたごえは、
クリンたちに
こんな ふうけい(風景)を、思いおこさせました
「イメージは合ってるけどさあ、
クリンちゃん・・
その笠松紫浪の版画、場所は、信州白骨温泉だよ。」(ミニクリン)
「そうなの」
「ついでに、家族旅行で行ったのは、同じ石川県でも、
山中温泉の隣の山代温泉。山中は通過しただけ。」 「ごしてき(指摘)、ありがとう」
「梅まつり」でにぎわう・天神さん(東京・湯島天満宮)は、
実は、ちょっと・小高い場所に、あります。
天神さんのとりい(鳥居)を出ると、「上野広小路」へとつながる
急かいだん(階段)が
あるのですが
マンションやビルがなかった昔は、
しのばずの池(不忍池)や、そのいったい(一帯)まで
見わたせたらしい・・
そんな、
ナイスビューな
ゆしま(湯島)のけしきを、
「小倉柳村」っていう・うきよえし(浮世絵師)
が
版画に、おこしています
<湯島の景:明治13年>
けざやかな、月夜・・
お気に入りの、一枚です。
「見る人が、うっとりするような
美しい絵を ただ、描く。」
昨日は、
「イギリスの唯美主義」について
学んだ、クリンでした
が、
「セクシー<かわいい」である
クリンには、
まだまだ ハードル・高し
そこで、
クリンが、すぐ・目ざせるような
「身近な芸術」
すなわち、
かわいくて、キレイで、ロマンチック
でありながら、
人々を カンノウの世界にみちびく・作品を
さがすことにしました。
そして、見つけたのが・・
マリー=ローランサンは、
20世紀前半に 名をはせた
パリジェンヌ
ベビーピンクや、
ペールブルーの
あわい・色さい(彩)で
「幻想的な、フワフワ女子の世界」を
つくり出しました
同じ画家でも、
かわいい部門は
やっぱり 女性画家にゆだねるのが 近道です
・・・・・・
う~ん。。
はまる~
あの世と
この世が 近づく
おひがん(彼岸)の中日
先日・チットが
「日本画展」で見たという
ある絵のことを
思い出しました
<「弱法師」下村観山、大正4年>
西に向かう、太陽に
いのりを ささげているのは、
おばあさんでは ありません
もう(盲)目の少年、
ヨロボシ(かんじ:弱法師)です
どろ水をすする、
サバイバル生活に てんらく(転落)し
えいよう(栄養)不足と
ストレスで
体は ひんじゃく
目も見えなくなり、
なかば、おかしくなった
不幸すぎる、
こどく(孤独)すぎる、男子です
さげすまれ、
いたぶられ、
人生・良いこと ひとつもなくて
(いっそ、
極楽浄土に 行けたらな・・)
と
手を合わせ
いのっているすがたが
この絵です。
ひがん・中日の
西方じょうど(浄土)・・
その、
やわらかな ありがたさに
いっしゅん(一瞬)・いやされた、
かなしい人の
とうとう、へいまく(閉幕)となった、
ソチ・オリンピック
会場となった、
ロシア南部の リゾート地・ソチは、
多くの日本人に 知られました
ロシアに行ったことある、
うちのチットいわく、
「観光地として、ロシアは第一級 サンクトペテルブルクの美しさは、ヨーロッパ随一」
だそうです。
欧州・一、おそくつくられた
サンクトペテルブルクは、
他の王都の「美的エッセンス」を、
いいとこどりして・いるらしい
そして今や、女王の宮でん(殿)を、びじゅつかん(美術館)がわりに してるらしい
花と、春の女神、「フローラ」
フランシスコ=メルツィ
という、イケメンです。
ダビンチの弟子、と言えば、
「洗礼者ヨハネ」の モデルになった、美少年・サライが有名ですが、
サライは、
とうへき(盗癖)がある、
うそつきの 「問題児」
ダビンチは、かれを「養子」にし、
いさん(遺産)まで
あずけました
大切に守った、メルツィ。
そんな・お弟子の
人がらが、
この絵に 出てると思います
さわやかな、秋の日。
ダイエーのよこを
とおった・クリンは、
目をみはりました
やや、
おだやかになりかけた
「陽の光」をうけ、
あたたかく・てりかがやく その木々は
クリンに
ひとつの絵を
思いおこさせました
あさい・ちゅう(かんじ:浅井忠)の、
「グレーの秋」
「明治洋画の巨匠」、
あさい・ちゅうは
ししょう(師匠)の フォンタネージから
おそわった、
「バルビゾン派」の 画家たちがいた、
フランスのグレー村に
りゅうがく(留学)して、
この絵をかいたそうです
・・・・・・。
クリンには、
先日、
「多摩は日本の フランドル地方だった」
と
言いましたが、
あれは まちがいでした。。
11月のスタートは、かわいた秋晴れ
クリンは、
たま(多摩)川へ
ひなたぼっこに 出かけました
そんな・秋の じょうけい(情景)を、
空気ごと あらわした画家が
ベルギーにいたのを
今夏の てんらん会で
知りました
パリで 「印象派」になり、
ルミニスム(かんじ:光輝主義) に
はってん(発展)してった、
キラキラ画家
とりわけ、春秋の「風景画」に
名作を のこしています
・・・・・・
(これは、まさしく、
クリンが今いる、たま川では?)
川の近くまで 歩をすすめると、
おやこづれが お弁当を広げ、
シバフでは、
やきゅう(野球)や サッカーにきょうじる
子どもたちのすがたが、
目に入ってきました
それは、
エミール=クラウスの「ピクニック風景」の
世界でした
この・発見は、
クリンに
「多摩は、日本の フランドル地方だったのだ」
ということを
「 秋の雨 月に対して 猶悲し 」 (松岡青蘿)
今夜は、まん月の はずでしたが、
秋雨が、
一日中 ふりつづけました
でも、本来は、名月のころ
そこで
まん月を描いた、名画をもうひとつ・・
昔々・・
身長・3センチの 一寸ぼうしは、
ある日
大志を いだいて、京へのぼりました
ひめ(姫)と なかよくなり、
オニ(鬼)と たたかって、
『打ち出の小槌』を うばった・ほうし
せたけ(背丈)と
ざいほう(財宝)と
ひめ(姫)を ゲットして、
カンペキ男子に なりました
(めでたし)
絵は、
小さい ほうしが、家を出て
コンナン・いっぱいの社会へこぎ出す
しゅんかん(瞬間)です
「クリンも、雨ふってるけど、買いもの行ってくるよ」 「「濡れるから行くなー」
せっかくの十三夜の月は、
くもってて 見えませんでした
が、
そんな時こそ
名月の絵を見て たのしみます
ノルウェーの 画家によって、
「第一次世界大戦」のころ
描かれた・この絵は、
ドレスデンと
エルベ河の けいかんび(景観美)を
世界に 知らしめました
こなごなにされて、
しまったのです
その後も
「統一ドイツ」になるまで、
こなごなのままだった、まち(街)
でも
っていう声が 高まり、
世界中から
お金もあつまって、
「旧市街」の たてものは
みごと!
ふっかつ(復活)を 果たしました
「ヨーロッパ一の ジグソーパズル」
により、
つぎはぎの たてもので、うめつくされた
げんざい(現在)の
ドレスデンは、
おとずれた人々に、
つよい・かんどうを 与えるそうです (チット談)
「乙女の情操」を くすぐった、
昭和の美人画家・「東郷青児」
その じょじょう(叙情)性は、
大正の美人画家、たけひさゆめじ(竹久夢二)の えいきょう(影響)の、
大なるものが あったそうです。
イケメン弟子・青児を
家に出入りさせたことで、
つま(妻)「たまき」と
別れるはめに
おちいった、ゆめじ
ですが、自分も 売れっ子で、
まけず・おとらず・モテモテで、
絵のモデルにも 恋人にも
不自由なんて・しませんでした
かけあわせ、
生まれたという
「夢二式美人」は、
いつでも・どこでも
よいまち(宵待)草の やるせなさ
これでもか!と そそりました
そして、
若い子たちの あいだでも・・
<秋の雲>
はかないすがたと
とおい目が、
キモ。
とされるまでに なったのです
クリンも そのワザ、
とりいれます
「自由が丘・モンブラン」。
東京・みやげに
してもよい、
「焼き菓子全般」の おいしさに、
クリンは
スタンプカードも つくったのですが、
つつみがみ(紙)にも、
同じ画家によると 思われる、
気になりました。
チットにきけば、
これは
とうごうせいじ(かんじ:東郷青児)
という、
昭和にかつやくした
画家の絵だということが わかりました
とうごう・せいじは、
当時、
「雑誌の表紙」を手がけたり
デパートや お店の
アート・プロデュースも
していたそうです
この人の絵が、いっぱいあったな。)
こんな・カワイイ絵をかく人、って、
やっぱ、
「オトメン(乙女男子)」なのかしら・・?
そう・かんがえて、にやけていると
チットが、
「見る?若い頃の写真。」と言って
本を出してきました
そこには・・・
映っていたのです
(・・・なんという、甘いマスク)
後年、
「二科展の帝王」と言われる画家の、
若き日の やしん(野心)的・まなざし
多くの女が
とりこになった。というのも
ナットクです
平成の、乙女クリンは
うっとりしました
でも、、
(今のクリンじゃ、モデルはムリだな・・)
おちこむ・クリン。
するとチットが、言いました。
「そんなの平気だよ!
見てごらん
どの娘も、みんな同じ
クリンだって、その筆にかかれば、
ホワンホワンの
つるつる・陶器肌だよ」
と
なぐさめてくれたのです。
・・・・・・
イギリスきぞく(貴族)も住む、
京都・大原
風光メイビな この土地の
風物詩として、
むろまち(室町)の昔から かつやくする
女行商人
<喜多川藤麿「大原女花見図」>
くらしのために、炭やまき(薪)や、花を売ってた・大原女ですが、
キモノとか かわいいし
田舎のけしきと マッチして
「情緒」あるので、
よく、絵に えがかれました
人気あり
ですが、
「画壇・一」、大原女に はまったのは
森田こうへい(曠平)・画伯では
ないでしょうか。
キリッと ひきしまった、
大原女のかおは
はたらく女の うつくしさに
あふれています
・・・・・・
にしても、
・・・・
すっごい、力もち
大原女・たいけん(体験)を したことある
チットによれば、
「頭の上に、
自分の体重くらいのものを 載せられるようになったら
一人前」
と、された
きびしい・世界だそうです
・・・・・
これをのせて、
10キロとか、20キロを
大原女たちは
歩いて都に行ったんだ・・