江戸時代初期、きんきょう(禁教)令
下の日本で、キリスト教をすて、
「転びバテレン」となった
『沈黙』の 主人公・・
そのモデルは、「ジュゼッペ=キアラ」という、実在のせんきょうし(宣教師)
です。
えんどうしゅうさく(遠藤周作)の小説は、彼が、ききょう(棄教)を
受け入れるシーンで
まく(幕)を閉じます
が、
このあと、キアラには、江戸での長い・「幽閉生活」が、ありました
「転びバテレン」
と呼ばれた、
外国人せんきょうし(宣教師)を
収容したしせつ(施設)、
「切支丹屋敷」
が
あったのが、
東京都・文京区の小日向。。
今、そのあと(跡)地は、どうなっているのか
しらべたくて、
ミニクリンを、現地にはけん(派遣)しました

(けっこう・わかりにくいところにあるので、
もし、行こうと思っている方は、
参考になさってください
)
まず、
キリシタンやしき(屋敷)への、「最寄り駅」は、東京メトロ
丸の内せん(線)の
みょうがだに(茗荷谷)駅
改札を出たら、2番出口から左に、ちょっと行くと、
「茗荷坂」という、くだり坂があるので、
そこを、ひたすら おりていきます

とちゅう(途中)、右手に教会があるので、それを目印にすると
いいです
まっすぐ・下りていくと、つきあたり・右手に、
たくしょく(拓殖)大学のキャンパスが見えます。
一方、左手には、「滝沢馬琴」のはか(墓)がある、「深光寺」
があって、
そこを、道なりに左折すると、せんろ(線路)があるのですが、
そこは くぐらずに
手前で、右に曲がる
曲がったすぐのところに、「宗四郎稲荷大明神」という、
赤いはた(旗)の立つ、
小さなお社があるので、
その真横の道に
入ります
すると、そこから、ちょっと急な、「蛙坂」っていう坂がはじまります
たいしたきょり(距離)ではないので、がんばってのぼると
、
のぼりきったところは、平坦な住宅地
。そこを、左折
数十メートル先が、目的地です。 
<文京区小日向1-24-8。都旧跡・「切支丹屋敷跡地」>
このひ(碑)の立つ、向かいがわ(側)、
現在ブランドマンションがたつ場所が
昔、
キリシタンやしき(屋敷)があった場所
です。 
ここを、2014年に ほり返したさい、
3体のいたい(遺体)が
出土したそうで

、
その一人は、イタリア人せんきょし(宣教師)の、シドッチ
。
あとの2人は、
シドッチのお世話係だった
日本人ふさい(夫妻)
だろう、
ということです。
「シドッチ」
というのは、日本史では けっこう・有名な人で
、
ジュゼッペ=キアラよりも
だいぶ後の
江戸時代中期、
さこく(鎖国)下の日本にせん(潜)入した、イタリア人の
司さい(祭)でした
キリスト教が、だんあつ(弾圧)の果てに、表面上・日本から いっそう(一掃)された
時代になって、
いまさらながら!
やくしま(屋久島)に 上りく(陸)した
シドッチは、
ローマ教会でさえ・あきらめた、日本布教を あきらめなかった
カトリックのとうし(闘士)

すぐにつかまって、江戸のここ・キリシタンやしき(屋敷)に
つれてこられますが・・
この時
彼をじんもん(尋問)した、ばくふ(幕府)の「最高権力者・新井白石」
をして、
その高い学しき(識)
と
高けつ(潔)な人格
で
かんぷく(感服)せしめ
助命に
ほん(奔)走させたと言います
この時、あらいはくせきが、ききとったことは、
「西洋紀聞
」と「采覧異言
」
という本に
まとめられたそうで、
今は、うちの歴女・チット
の、えつらん(閲覧)するところと
なってます
「
結局シドッチは、お世話係の日本人夫妻に 洗礼を授けたことで、
キリシタン屋敷の地下牢で
死ぬんだけど・・、
あの、朱子学者・新井白石を感服させて、
幕府の礎法を
曲げさせようとするほどの
学識と人柄って、
いったい
どれだけ、優れたものだったんだろう
・・・・・
そんな、本物のキリスト者が
非業の死を遂げた場所なら、
一度、
来ないわけにはいかないよね
」
と
チットは 言っています。
シドッチや、ジュゼッペ=キアラの苦のう(悩)を おしこめた、
江戸のキリシタンやしき(屋敷)
・・
そこは、
映画『沈黙』にも出てきた
きょうふ(恐怖)のだんあつ(弾圧)者、
「井上筑後守政重」の
下やしき(屋敷)の一角でした・・。
文京区は、ひ(碑)のある場所から、ちょっと南に行った所にある坂道を、
「キリシタン坂」
と
名づけており、
坂道にある、でん(電)柱には、「切支丹支」とかかれた・プレートがはられ、
いまだに、そのれきし(歴史)を伝えています

後世の日本人にとっては、「切支丹坂」という、あやしくも
・タブー
な
名前の坂は、
ワクワクかん(感)を
しげき(刺激)するのか?
山田風太郎・中山義秀・田中貢太郎・・・など、名だたる小説家が、
キリシタンやしき(屋敷)や
キリシタン坂のことを
ネタにしています
うちのチット
も、だいぶ前から、来てみたかった場所ですが、
しかし・・・、
ここに
収容された
人々は、
信じるものを、全否定されたあげく、
りかい(理解)してくれない・いこく(異国)の者に 自由をうばわれ、
死に、いたらしめられた人々・・。
そんな・むねん(無念)を甘受した、けいけん(敬虔)なクリスチャンたちの
心きょう(境)を思うと、
沈うつ(鬱)な気もちになり、
けっして、暗くワクワクした・きょうみ(興味)をもつなど、
できない
と、
チットは 言ってます。。
キアラや、シドッチたち、せんきょうし(宣教師)が、命をおえた
やしき(屋敷)の庭や、土牢のかべ(壁)に、
せめて、いやし(癒し)の花が咲き
、
天国に召されるまでの間を、見守っていてくれると
いいと思う・・。
チットは、そんなことを 言っていました
ミニクリンも、クリンも、ほんとに!そう・思います

(※さっきの坂を下りて、トンネルをくぐって左折→まっすぐ行くと、もとの茗荷谷駅に着きますので
)