元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」

2008-03-03 07:51:25 | 映画の感想(あ行)
 95年製作。テレビ作品ながら岩井俊二に日本映画監督協会新人賞をもたらしたドラマだ(ちなみに、この賞は毎年発表されるわけではない。真に有能な新人監督が出現した場合のみ設定される)。

 夏休みの登校日。小学6年生のノリミチ(山崎裕太)と水泳競争をして勝った級友は、クラスメイトのナズナ(奥菜恵)から二人で花火大会に行こうと誘われる。ところが彼女を何とも思っていなかった彼は、約束をすっぽかす。実はナズナは両親が離婚して、二学期が始まるまでに転校しなければならず、友人と思い出を作りたかったのだ。ナズナを好きなノリミチは真相を知り、怒って級友を殴るが、自分のふがいなさに嫌悪感に陥る。そしてひたすら“あの競争に勝っていれば”と後悔するのだった・・・・。

 そして映画は“ノリミチが競争に勝っていた場合”のストーリーが展開していく。家出したナズナとノリミチは花火大会には行かず、駅へ向かう。ナズナは駆け落ちのつもりだと言う。そして夜の学校に忍び込み、プールで泳ぐ。水中に飛び込み、上半身を水面に現した彼女の、辛い人生に立ち向かっていくフッ切れたすがすがしい表情をノリミチはまぶしそうに眺める。同じ頃“打ち上げ花火は横から見ると丸いか平たいか”という賭けをした級友たちは、町はずれの灯台へと向かう。苦労してやっとたどり着いた彼らは花火大会が終わったことに気が付き、ガックリと肩を落とすのだったが・・・・。

 青春前夜の少年少女たちが繰り広げる一夏の騒動を通じて、あの年代の揺れ動く心を的確に捉えた演出は素晴らしい。灯台に向かう一群と“駆け落ち中”の二人を交互に描き、それぞれの描写を煮つめて感動のクライマックスへと導くテクニック。登場人物の真摯な表情と爽やかな映像美は、見ていて甘酸っぱい気分になる。

 しかし、この映画の最もスゴいところは、このエピソードを主人公の願望、つまり事実ではなく“もうひとつの可能性”として描いていることだ。実際の主人公は嫌悪感を抱えたまま二学期を迎え、ナズナも転校先で辛酸をなめるのだろう。登場人物それぞれが苦い気持ちを味わい、それでも時は過ぎていくのである。しかし皆がハッピーエンドを迎える“別の可能性”を思い浮かべることで、人間の心は救われるのも事実なのだ。

 岩井の代表作「Love Letter」が“もう一人の自分によって生かされている自分”の物語なら、これは“もう一つの記憶により生きていく自分”の話である。虚構の記憶をインプットしたところで過去は変わらない。それでも、素晴らしい“もう一つの記憶”を理想として見立てて生きていくことは出来る。これは“単なる現実逃避”とは違う。“別の素晴らしい記憶”を今度は本物として体験しようと努力することの大切さ。それを可能にする人間の心の奥深さを訴える作品だ。
コメント
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