元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「やわらかい手」

2008-03-20 07:03:05 | 映画の感想(や行)

 (原題:IRINA PALM)実にまとまりの良い佳編である。ロンドンの下町に住む平凡な老女が難病に苦しむ孫のために、何と性風俗店で“手コキ”の職を得て、しかも売れっ子になり、その“天職”を得た本人も人生に改めて向き合うことになるという、ある意味出来過ぎの話を映像化するにあたって最も注意すべきは、余計な描写を入れないことだ。

 要するにボロの出ないうちにサッと切り上げる、それが大事である。その意味で本作の上映時間が1時間43分というのは及第点。これがアメリカ映画ならば、ヒロインの過去の回想場面とか、アクの強い脇のキャストによる“個人芸”などで2時間あまりに水増しされているところだ(笑)。

 正直言って、このドラマを観て“人生、いくつになっても自分の役割はある”と本気で思うわけにはいかない。現実は厳しく、老いたる者にとっては確実に居場所が狭くなってくる。だが、少なくとも映画を観ている間だけは希望を持たせたポジティヴな感覚を味あわせることが、カツドウ屋としての使命だろう。そのためにはキャスティングには絶対に手を抜けない。そこにいるだけで、ヒロインのような生き方を実体化させてしまうような素材が必要だ。

 その意味でマリアンヌ・フェイスフルの起用は大成功だった。一見して地味で太めで垢抜けない容貌だが、性根の座った眼差しと、目的のためならばどんなことでも厭わない不貞不貞しさ、そしてその裏に何ともいえぬ色香と愛嬌が漂う。さすが若い頃のミック・ジャガーとの浮き名をはじめ波瀾万丈の人生を送った彼女ならではの貫禄だ。

 監督のサム・ガルバルスキは適度なユーモアを挿入して人物像を広げることにも抜かりはない。店の“仕事部屋”に小物を持ち込んで所帯じみた“自分のテリトリー”にしてしまう大らかさや、テニス・エルボーならぬペ○ス・エルボーで仕事のヴォルテージが落ちたことを根性で克服するあたりは、実に微笑ましく天晴れだ。ラストも予定調和ながら気持ちが良い。クリストフ・ボーカルヌのカメラにより寒色系をメインに捉えられたロンドン・ソーホー地区の風景、ギンズのストイックな音楽が作品を盛り上げる。

 余談だが、ヒロインの友人を演じたジェニー・アガターも若い頃には可愛くセクシーだったが、すっかり年を取ってしまっているのには年月の流れを実感せずにはいられない。ただし、本作では開き直ったようなオバサンぶりを発揮しているのも、M・フェイスフルとは別の意味で感心した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする