同時に観た「頭山」よりも映像のキレ具合は上を行く。山村浩二監督はアニメーションの鬼才と呼ぶにふさわしい。フランツ・カフカによる原作は未読だが、ストーリー展開は不自然ながら、言い知れぬ不安と孤立感とが充満する雰囲気を味あわせてくれたのは、カフカの世界の一端を掴み取った作者の功績かと思われる。
雪の夜、年老いた田舎医者は急患の知らせを受けるが、交通手段がないので逡巡するばかり。そこに現れた馬子が馬車を提供するが、医者を乗せた馬車が走り出した途端に馬子は医者の娘に襲いかかる。彼はそれを遠ざかる馬車の上から見つめるしかない。やがて患者宅に到着するものの、大怪我をした少年は助かる見込みはなく、医者は無力感に苛まれたまま一夜を過ごす。
義務感を奮い立たせて医者のつとめを果たそうとするが、それをあざ笑うかのように状況は過酷さを増すばかり。こうした隔靴掻痒な不条理感をジリジリ出しているところがカフカならではのテイストなのだろうが、映像処理がそれを無限大に増幅している。
全編手書きの作画だが、遠近法を完全に無視しているのをはじめ、デフォルメされたデザインのキャラクターを唐突に拡大化あるいは縮小させる等、登場人物の心象を大胆に表現するべく腐心する。これを素人がやると“奇を衒った小手先のテクニック”に堕してしまうところだが、山村は計算されつくした画面造型と絶妙のタイミングで観客の目を奪う。特に患者宅の中と屋外とがシンクロし、空間が歪んだような異次元世界が現出してくるあたりは圧巻だ。
声を主に担当するのが人間国宝・茂山千作をはじめとする狂言の茂山一門である。「頭山」に続き、またしても古典芸能への大胆なオマージュであるが、主人公の“心の中の声”が擬人化され、それも一人ではなく二人も背後霊の如く田舎医者に寄り添って、それらが狂言のセリフ回しよろしく立ち振る舞うのを目撃するに及んでは、思わず拍手を送りたくなった。
声優初挑戦の紅一点の金原ひとみ(当然、芥川賞受賞のあの若手作家だ)の意外に可愛い声にびっくりすると共に、オンド・マルトノなる珍しい電波楽器をフィーチャーした音楽にも強い印象を受ける。2007年のオタワ国際アニメーション映画祭でグランプリ(日本人では初めて)に輝いた秀作で、観る価値は十分にある。