元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「父の祈りを」

2008-03-19 06:34:26 | 映画の感想(た行)
 (原題:In the Name of The Father)93年作品。先のアカデミー賞で主演男優賞を獲得したダニエル・デイ=ルイスの代表作。1974年、北アイルランド。たび重なるIRAのテロに対抗して、当局側は容疑者を一方的に拘束できる法的非常措置を取った。折からの爆破事件の容疑で逮捕されたのは、街のしがないアンチャンであるジェリー(デイ=ルイス)とその仲間たち。ところが彼には全く身に覚えがない。ほとんどリンチに近い取調べの後、ヤケになった容疑者の一人は、共犯者としてジェリーはもちろん彼の父親や親戚の名前を挙げてしまう。そして裁判。物的証拠は無いに等しく、アリバイを証明する人物を見つけられないまま、状況証拠だけで有罪となる。ジェリーと父親は終身刑で同じ刑務所に投獄される。

 ジェリー・コンロンの自伝を基に、「マイ・レフトフット」(90年)でもデイ=ルイスと組んだジム・シェリダンが監督にあたっているが、骨太な社会ドラマの担い手としての彼の手腕は今回も十分発揮されている。冒頭のベルファストの暴動騒ぎをスリリングなタッチで描いたと思うと、主人公たちが逮捕されてあっという間に不利な立場に追い込まれていく過程を容赦ない筆致でたたみかけてくる。何よりも無実の人間が犯罪人としてデッチ上げられることの恐ろしさには身も凍る思いだ。それが当局側の都合によるデタラメであることが判明する後半には、怒りで目がくらむ。そして対テロリストという大義名分のもとに、罪のない者を次々摘発してしまうという、集団的ヒステリー状態に陥る人間の恐さと弱さをも糾弾する。

 しかし、この映画の良さはそんな社会的正義を前面に押し出すだけではない。父と子の愛情という、普遍的な人間ドラマが底流を成しており、それが作品に奥行きを与えている。刑務所で父親ジュゼッペと同室となるジェリーは、長年どこか打ち解けない父との関係をひとつひとつ修復していく。父親を演じるピート・ポスルスウェイトの素晴らしいこと! 頑固一徹で息子に向かってなかなか心を開かない、でも一番息子を愛している。自暴自棄になりそうな息子とは対照的に、こつこつと再審のため市民団体に手紙を書く生真面目さ。見事なアイルランド訛りと共に、理想の父親像を表現している。デイ=ルイスも相変わらず達者な演技。

 後半になって出てくるエマ・トンプソンの弁護士の存在感もなかなかだが、それから映画は“法廷もの”としてのスリリングな要素も含んで一気に盛り上がる。そしてラストシーンには目頭が熱くなった。人間の尊厳の偉大さ、それを守ろうとする主人公たちの捨て身の努力が画面を横溢し、力強く躍動する瞬間である。

 寒色系を生かしたピーター・ビジウのカメラも印象的だが、トレヴァー・ジョーンズの音楽、そしてラストに流れるシンニード・オコナーによるエンディング・テーマが美しさの限りだ。その年のベルリン国際映画祭グランプリ受賞。必見の秀作である。
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