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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「インセプション」

2010-08-03 06:44:55 | 映画の感想(あ行)

 (原題:Inception )クリストファー・ノーラン監督の資質が良く出た作品だと思う。近年は「ダークナイト」などでメジャーな演出家としての地位を固めつつある同監督だが、元々は手の込んだ仕掛けを得意とする技巧派だ。

 初期の「フォロウィング」や「メメント」でのトリッキィな作劇は観る者を存分に引きずり回してくれたが、ただ奇を衒って入り組んだ作りにしているわけではない。そもそも人間の心自体が複雑系の最たるものであり、それを映画の題材にするのならば映画も複雑系の様態を取らざるを得ない・・・・といった、考えようによっては極めて合理的なスタンスに則っていることが分かる。

 主人公のコブは、他人の夢の中にサイコ・ダイビングしてアイデアを盗むという犯罪分野のスペシャリストだ。国際指名手配中でアメリカに戻れない彼に、日本人の資本家である斎藤が無理矢理に仕事を依頼する。それは他人のアイデアを盗むこととは反対の行為、つまり潜在意識に入り込んである考えを植えつける“インセプション”という、ハードなミッションだった。

 ターゲットは多国籍コングロマリットの跡取り息子。彼が巨大な事業体を一代で立ち上げた死期の近い父親と同じ路線を取ってもらうと、他社に付け入る余地はない。だから、何としても先代とは違う経営方針で仕事を継いでもらいたい。そのために彼の深層心理に“父親とは一線を画する覚悟で臨むべし”といった意識をインセプションする必要がある。

 面白いのはコブが他人の夢をデザインするために“チーム”で仕事に取りかかることだ。まるで「スパイ大作戦」のように各人に役割が振られる。その段取りは実に興味深い。ただし上手くいくとは限らず、ターゲットにはサイコダイバーに対する“耐性”が備わっており、それが“敵”となって夢の中でアクションシーンが展開する。さらに、コブの意識の中に亡き妻の幻影が存在し、今回の仕事の中でも頻繁に登場するという凝った設定だ。

 しかし、考えようによっては夢というのは各人の断片的な意識が順不同に出現するものであるから、いくらでも複雑に描けるのである。夢の中の夢、そのまた夢というように、多重構造の夢だって考案可能だ。

 端的に言って事態をややこしくしているものは、ターゲットの意識ではなくコブの内面なのである。このことがメイン・プロットに関する求心力の弱さに繋がるといった指摘もあろう。しかし、私はこれで良いと思う。あの謎めいたラストは、コブをドラマの中心に据えたからこそ実現出来た。しかも、ノーラン監督のハリウッドでの実績が可能にさせたものである。作家性を発揮してプロデューサーを押し切る彼のキャリアがモノを言ったのは確実で、さもないと単純な種明かしみたいな結末で観る者をシラケさせることになったはずだ。

 大金を掛けた映像はスゴい。予告編でも描かれた“天変地異”的なスペクタクルも見応えがあるが、私が唸ったのは無重力状態での活劇場面だ。よほどの想像力の持ち主でないと、ああいう絵は撮れない。ロケ地はワールドワイドであり、これがまた大作感を盛り上げる。

 主演のレオナルド・ディカプリオ、斎藤役の渡辺謙、コブの妻を演じるマリアン・コティアール等、キャストのパフォーマンスも万全。特にニヤリとしたのが、チームに参加する女子学生(エレン・ペイジ)の役名がアリアドネだということ。言うまでもなく、ギリシア神話においてテーセウスがクレーテーの迷宮より脱出する手助けをした女神の名前だ。迷宮とは果たして夢だけなのか。ひょっとしては現実こそが迷宮なのではないか。その解釈は観る者にゆだねられる。
コメント (2)
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