期待していなかったが、けっこう面白い。荒木源の小説「不思議の国の安兵衛」の映画化で、現代に迷い込んできた江戸時代の侍がパティシエ(菓子職人)になるという、ほとんどイロモノみたいな設定の映画ながら、細部のリアリティを詰めることにより違和感のない作品に仕上がっている。
保育園に通う息子を育てながらIT関連企業に勤めるシングルマザーのひろ子(ともさかりえ)が、180年前の江戸から東京にタイムスリップしてきた木島安兵衛(錦戸亮)と出会う。成り行きで居候する安兵衛は、家事を受け持つことになる。
まず、ヒロインであるひろ子の造型が上手い。ダンナと別れた所在なさを打ち消すように仕事に専念しようとするが、子供を抱えていては残業もままならない。結果として、上司や同僚に迷惑を掛けているのではないかという負い目を感じている。作る料理は冷凍食品ばかりで、家の中も雑然としている。こういう疲れた女を演じさせると、ともさかは上手い。
対する安兵衛も、一本気な若侍ぶりを発揮してはいるが、実は元の時代ではどうしようもない屈託を抱えていたことが分かる。生硬な振る舞いも、それを取り繕うポーズとも考えられる。演じる錦戸はけっこう頑張っており、科白回しや身のこなしもシッカリしている(ただのアイドルタレントじゃなかったんだね ^^;)。精悍な面構えも含めて、今後の活躍が期待出来る素材だろう。
今も昔も思い通りに行かない人間模様は変わらない。斯様に主要登場人物の造型とシチュエーションが的確ならば、あとは大丈夫である。どうして安兵衛に菓子作りに対しての適性があるのか、果たして住民票も調理師免許もない人間が有名パティスリーで働けるのか・・・・そういった難点も致命傷にはなっていない。
中村義洋の演出は前作「ゴールデンスランバー」よりも滑らかで、ストレスなく最後まで付き合える。特筆すべきは丁寧に撮られた調理シーンと、出来上がった菓子の数々だ。実に美味しそうに描かれており、観賞後の満足感は高い。ケーキコンテストの場面は、受賞シーンを省略してまで菓子の製作現場をクローズアップさせるという大胆な事をやってのける。作者の自信の表れだろう。
ただし、ラストの結びは小さくまとまってしまったのは残念。タイム・パラドックスを駆使してもっと大風呂敷を広げた方が良かったのではないだろうか。また、映画の中で描かれる季節は冬であり、出てくる菓子もそれに準じた品揃えだが、夏場に見る映画としてはちょっと辛いものがあった(笑)。しかし、マジメに作られた佳作であるのは確かで、入場料に見合ったパフォーマンスはしっかり保証出来る。