冒頭、夜の海に浮かぶ巨大なガット船が映る。迫力はあるがくたびれているように見える。この時ある詩の一節が浮かんだ。「私はときどき、生きることがこの船に似ていると思うことがあります。私はときどき、この船のように見える人に出会います。私はときどき、船は沈んだほうが安らかなのではないかと疑うことがあります。けれどそれは違うのです。船は浮かぶために作られたもの。沈めるために作られた船はどこにもありません。」(またのあつこ作)
阪本順治監督が伊藤健太郎のために書き下ろした作品。初対面の二人が2時間 近くにわたり自分達のことを語り合い、企画が動いたと聞く。これまで主に父性をテーマとした作品を撮ってきた監督が、これ以上ない物ができたと自負する、見応えのある作品となっている。
横須賀が舞台。埋立て用の土砂を運ぶガット船で海運業を営む渡口義一(小林薫)と道子(余貴美子)夫婦は、幼い長男を事故で亡くしている。次男の淳(伊藤健太郎)は家業を手伝わず、服飾専門学校に通うと言いながら授業をさぼり、ふらふら暮らしている。親子の会話はなく、家業も時代とともに先細りで何とかやりくりしている状態である。そんなある日、淳の仲間が襲われ、犯人として思いもかけない人物が浮かびあがる。
義一は長男の写真を船内の神棚に置き毎日手を合わせている。従業員達とは和気あいあいと、そして黙々と働いている。しかし、淳にはどう接していいのか分からずにいる。淳の専門学校の同級生(佐久本宝)に「言いたいことを言わないのは子どもに嫌われるのが怖いから」と面と向かって言われる場面は強烈だ。そしてここにもう一人、息子(坂東龍汰)の将来を案じる父親(眞木蔵人)が。道子の弟である。息子を更正させ守ろうとしていた矢先、息子は突然何者かに殺害される。「犯人に心当たりがあるなら教えて欲しい、俺が殺る」と淳に詰め寄るその目には、ぞっとするような凄みと深い哀しみの色が宿っていた。
俳優が各々に適役だ。三人の船員達(石橋蓮司・伊武雅刀・笠松伴助)はガット船に似て、くたびれ加減がほどよく味がある。食事場面の何気ないやりとりには観ていてほっこりするが、せつなさも漂う。伊藤健太郎もベテラン俳優達と仕事をしたことで、今までとは違った現場の空気を感じ取ったにちがいない。淳の半グレ仲間も各々に役にはまっている。リーダー格の永山絢斗は虚勢を張る人物がうまい。デビュー作「ケンとカズ」で注目された毎熊克哉は反社役に定評がある。今回改めて彼の声には独特の甘さがあり、この声が果たしている役割は大きいと感じた。リーダーの妹の河合優実は出演作が続き、その役柄の幅の広さに驚く。
冬薔薇は冬に咲く健気なバラの花。道子が水やりをする場面には祈りがこめられているようだ。この作品のタイトルにふさわしい。監督は安易な解決策は用意していない。淳と彼を取り巻く人々はこれからどう生きてゆくのか、その先に想像を巡らせたくなる。
ラストシーン、振り向いた淳の顔にはリーダーが愛用していたサングラスが……。その瞳は何を見ているのか、今は誰にもわからない。(春雷)
監督・脚本:阪本順治
撮影:笠松則通
出演:伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司
阪本順治監督が伊藤健太郎のために書き下ろした作品。初対面の二人が2時間 近くにわたり自分達のことを語り合い、企画が動いたと聞く。これまで主に父性をテーマとした作品を撮ってきた監督が、これ以上ない物ができたと自負する、見応えのある作品となっている。
横須賀が舞台。埋立て用の土砂を運ぶガット船で海運業を営む渡口義一(小林薫)と道子(余貴美子)夫婦は、幼い長男を事故で亡くしている。次男の淳(伊藤健太郎)は家業を手伝わず、服飾専門学校に通うと言いながら授業をさぼり、ふらふら暮らしている。親子の会話はなく、家業も時代とともに先細りで何とかやりくりしている状態である。そんなある日、淳の仲間が襲われ、犯人として思いもかけない人物が浮かびあがる。
義一は長男の写真を船内の神棚に置き毎日手を合わせている。従業員達とは和気あいあいと、そして黙々と働いている。しかし、淳にはどう接していいのか分からずにいる。淳の専門学校の同級生(佐久本宝)に「言いたいことを言わないのは子どもに嫌われるのが怖いから」と面と向かって言われる場面は強烈だ。そしてここにもう一人、息子(坂東龍汰)の将来を案じる父親(眞木蔵人)が。道子の弟である。息子を更正させ守ろうとしていた矢先、息子は突然何者かに殺害される。「犯人に心当たりがあるなら教えて欲しい、俺が殺る」と淳に詰め寄るその目には、ぞっとするような凄みと深い哀しみの色が宿っていた。
俳優が各々に適役だ。三人の船員達(石橋蓮司・伊武雅刀・笠松伴助)はガット船に似て、くたびれ加減がほどよく味がある。食事場面の何気ないやりとりには観ていてほっこりするが、せつなさも漂う。伊藤健太郎もベテラン俳優達と仕事をしたことで、今までとは違った現場の空気を感じ取ったにちがいない。淳の半グレ仲間も各々に役にはまっている。リーダー格の永山絢斗は虚勢を張る人物がうまい。デビュー作「ケンとカズ」で注目された毎熊克哉は反社役に定評がある。今回改めて彼の声には独特の甘さがあり、この声が果たしている役割は大きいと感じた。リーダーの妹の河合優実は出演作が続き、その役柄の幅の広さに驚く。
冬薔薇は冬に咲く健気なバラの花。道子が水やりをする場面には祈りがこめられているようだ。この作品のタイトルにふさわしい。監督は安易な解決策は用意していない。淳と彼を取り巻く人々はこれからどう生きてゆくのか、その先に想像を巡らせたくなる。
ラストシーン、振り向いた淳の顔にはリーダーが愛用していたサングラスが……。その瞳は何を見ているのか、今は誰にもわからない。(春雷)
監督・脚本:阪本順治
撮影:笠松則通
出演:伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司