自分が初めて映画を観たのは、いくつのときだったのだろう。記憶に残っているのは小学校低学年の頃、母と叔母に連れられ地元の映画館長浜東映で東映動画の「安寿と厨子王」(’61)を観たことだ。人さらい山椒大夫の恐ろしさにびびり、哀しいストーリーに涙した覚えがあるのだが、映画館は暗くてちょっぴり怖いところというイメージが植え付けられたのも確かだ。
「フェイブルマンズ」の主人公サミー少年も暗い映画館を怖がっていたようだが、初めて両親に連れられて観たのがセシル・B・デミル監督の「地上最大のショウ」。映画の楽しさを満喫したサミーは夢中になり、おもちゃで汽車の衝突シーンを再現したり、父親の8ミリカメラを借りて撮影したりして、光のマジック・映画の世界に魅了され、その後は家族の旅行の記録係となったり、妹や友人達を役者にしたりして次々と作品を作っていく。このサミー少年がのちの大監督スティーヴン・スピルバーグになるというのだから、やはり家族や生活環境というものは人生を大きく左右するものだと痛感させられる。
父バートは有能な科学者。コンピューターシステム開発の功績により、RCA社からゼネラル・エレクトリック社にヘッドハンティングされ、一家はニュージャージーからアリゾナへ引っ越すことに。そこにはバートの同僚で親友のベニーも一緒だった。頭の良さと生真面目なところは、まさにこの父親のDNA。
母ミッツイは音楽家でピアニスト。映画を不真面目な趣味だと思っていた父親と比べ、映画に興味を持った息子に夫の8ミリカメラを与えたり、映画作りにも何かと協力的だったが、一家とベニーで行ったキャンプ旅行で撮った場面を編集している最中に、サミーは“あること”に気づいてしまう。スピルバーグ初の自伝的作品ということで、どこまでが真実でどこまでが脚色を加えた部分なのかわからないのだが、祖母や元サーカスの調教師だったという母の兄のボリス伯父さんも登場し、芸術家・ショービジネス家として忠告する場面がある。きっと大きな影響を受けた人物なのだろう。自由奔放に生きるこの母方のDNAも侮れない。
コンピューターの更なる開発に成功した父はついにIBMに転職となり、一家はカリフォルニアに引っ越すことに。この地でサミーはその後の人生を決定づける大きな出来事に遭遇することとなる。一つは家族の離別。映像というものは酷なもので、想像力をかき立ててくれるだけでなく、事実として残してしまうところがある。実際に両親の離婚を経験しているスピルバーグは、自分が撮影した映画がその一因になったことをすごく悔やんでいるように思えてならなかった。あんなに大好きだった母と別れなくてはならなかったのだから・・・。
もう一つ気づいたのは、映画というものは作った者の考えが最優先されるということ。ユダヤ人だということでハイスクールでひどい差別を受けたサミーは、『お楽しみデー』でハイスクールのいろいろな行事を撮って編集した作品を上映するのだが、そこでいじめっ子たちをヒーローのように仕立て大喝采を得る。しかしこの大喝采は決してヒーローに仕立てられた者の心には届いていなかった。“見世物”のように注目されたくはなかったのだ。称えられているのに、いい気持ちがしない。映画に別の力が働いたということだ。それを最初からわかって撮っていたとすれば・・・。やはりサミーは末恐ろしい才能の持ち主だと言わざるを得ない。
最後にサミーは働き出したスタジオである往年の巨匠と面会し、一生忘れられない言葉を受けることに。この言葉がそれからのスピルバーグを作っていったんだと納得する。何はともあれ、夢と希望に満ちあふれたラストシーンは、やっぱり嬉しくなってしまう。スピルバーグの作品はこうでなくっちゃ!!
(HIRO)
原題:The Fabelmans
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:スティーヴン・スピルバーグ、トニー・クシュナー
撮影:ヤヌス・カミンスキー
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュ、デビッド・リンチ