原作者の高山真(まこと)は2020年にこの世を去っている。映画化の知らせを受ける前に。「エゴイスト」は自伝的小説であり、浩輔を演じた鈴木亮平は生前の高山真を知る旅を通じて「他人とは思えないほど敬愛している」と原作本のあとがきで語っている。この言葉通り熱量が溢れる演技で、その姿に圧倒される。
30代半ばの浩輔はまるで鎧のようにブランド品に身を包み、田舎町の駅のホームに降り立つ。同級生らしき男性が顔をそむけて通り過ぎる。14歳の時に病気で亡くなった母親の命日には必ず帰省する。実家では父親(柄本明)が待ってくれている。ゲイである自分を隠して鬱屈した思春期を過ごしたのちに大学から東京に出て、今は出版社でファッション誌の編集者として自由に暮らしている。一方の龍太(宮沢氷魚)は20代半ばの青年。両親の離婚による経済的な事情で高校卒業間際に退学し、パーソナルトレーナーとして病弱な母の妙子(阿川佐和子)を支えながら暮らしている。二人は顧客とトレーナーとして出会い、強く惹かれあう。共に180cmをこえる身長はスクリーンの中で映える。
初対面のシーンは印象的。地下のジムの前で待つ浩輔のもとに、遅刻した龍太が慌てて階段をかけおりてくる。一瞬浩輔の表情が変わる。その透明感あふれる儚い佇まいは天使が舞い降りてきたようである。トレーニングの帰路、浩輔は龍太の母に手土産の寿司を持たせる。歩道橋で突然龍太からキスされた浩輔は茫然と立ちつくす。周囲にバリアを張り生きてきた浩輔の身体に温かく柔らかいものが注ぎ込まれた瞬間だ。やがて龍太が抱えていた秘密を知った浩輔は、龍太に救いの手を差しのべる。そして龍太の母も交えて三人の交流が始まる。
脚本の段階からLGBTQの当事者が参加していると聞くが、仲間同士の会話は興味深い。「婚姻届を書いたんだけど役所に出せないから壁にはっている」と、食事の場面でのやりとりは笑い話にしながらも切実さが滲んでいる。
前半はゲイの人達の日常と恋愛模様が描かれ、中盤からは年下の恋人を支えたいという愛の物語に変わっていく。後半は母と息子の物語が綴られるが、ドキュメンタリー映画を観ているような錯覚におちいる。
ある朝、龍太は突然この世から消える。遺された浩輔と妙子は戸惑いながらも互いを労りあい交流を続ける。浩輔が差し出す現金をなかなか受け取ろうとしない妙子とのやりとりは、どうなるのかとハラハラするがリアルである。二人きりの龍太の喪の作業はどこか楽し気でもある。二人は疑似親子のようだが、浩輔は妙子に実母の姿を投影していく。
入院した妙子を見舞う浩輔は「僕は愛が何なのかわからない」と苦し気に言う。妙子は穏やかにこう返す。「いいの私達が愛だと思っているからそれでいいじゃない」。自らの愛というエゴが母と息子を追い詰めていったのではないかと苦しむ浩輔は、この言葉に救われる。妙子の手に重ねた浩輔の大きな手が、柔らかく優しく映る。温度さえも伝わってくるようである。(春雷)
監督:松永大詞
脚本:松永大詞、狗飼恭子
原作:高山真
撮影:池田直矢
出演:鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明、阿川佐和子