クラブ・マナーズニュース

マナーズを巣立たれたみなさま、縁者のみなさまとつながっていたい!そんな私が月3回「0」の付く日にブログをアップします!

考えてしまいました・・・

2022年05月30日 | その他

 昨日のことです。
お昼時に、娘の家の近くの中国料理のレストランに行きました 近所では人気のお店らしく、ほぼ満席で、ほとんどのテーブルが家族づれ。その中で私の目を引いたのが「紺色の装いの家族」でした。
 いかにも「お教室」帰りと思しき装いの親子と、おじいちゃま、おばあちゃま、そして、2歳くらいの子どもでした。私達が入店した頃には、すでにその家族はかなりお食事を終えられているご様子で、テーブルの上にはチャーハンとデザート類。
 私は外出中、仕事がら、紺の装いの親子や家族には目が行き、すぐにあれこれと勝手に評価をしてしまうのが悪い癖なのですが・・・目が行ってしまうので、仕方がありません 主人はすぐに私の視線に気が付き、「違うテーブルだったら落ち着いたのにねえ」と苦笑い。

 とっても「ステキなご家族」だったのですよ。確かに紺の装いがとても板につき、というか「いかにも」というご家庭でね。おじいちゃま、おばあちゃまも協力的で、お教室の後の疲れを労うランチだったのでしょうね。
 ところが、です
私がすっかり呆気にとられ、目を疑ったのは・・・子どもの様子でした。
小さい子達が食事のテーブルについていると、子どもが泣いたり、時には叫んだり、ごそごそしたりして、お隣のテーブルの方に迷惑をかけたり、他のお客様達に不愉快な思いをさせることがあります。そういう時は、大抵が年少の方の子が問題児、となります
 でもね、昨日はそうではなく、2歳くらいのベビーチェアに座った子どもはお利口ちゃんに座り、にこにことして、静かに子ども用フォークでデザートを食べていました。ところが、幼稚園の十分に年長児に見える紺色ルックの女の子のほうが、テーブルの下に入ったり、お隣のテーブルとの境にある螺鈿細工の立派な屏風に登ったり・・・要するに、座っていないのです。
 ここまでお読みになれば、小学校低学年のパパママ達は、心の中で思われるかもしれませんね。「きっと、その子はお教室で疲れていたのですよ・・・その程度は、許してあげても良いんじゃないですか・・・」とね。
 もちろん、私だってある程度はそういう気持ちになります 日曜日にクラスを実施する多くの教室は、授業の時間も2時間やそれ以上ということだってあります。それに、その子は「キュロットスカート」を履いていたので、運動の時間もあったのでしょうね。だから、疲れていた・・・わかりますよ
 それでもね、受験をしようとしているご家庭ならば、ご家族としての「矜持」はあるでしょう?満席のレストランであれば、当然人の目もあるし、ご自分達が「紺色家族」という装いで、人一倍目を引くという認識もあるはず。
 けれど、ママはおじいちゃま、おばあちゃまとのおしゃべりに夢中で、パパはスマホを眺めながらの食事。
 さすがに「危険を察知した(屏風のほうの危険を心配されたのかも)」お店の方が、屏風に登る女の子に声をかけに来られました。パパはスマホを止め、頭を下げる。それでも、パパは女の子に「ごめんなさい」を促すこともなく、またスマホに
 下の子のほうがデザートを食べ終わったことを確認したママは、パパに何やら「~~~~」。すると、パパは立っている娘の口に、スプーンでチャーハンを運ぶ、運ぶ、運ぶ・・・女の子は、テーブルの周りを歩き回り、パパの横に立っては口を開ける・・・

 学校側は、こういう志願者家族の普段の様子は残念ながら見ることは出来ません パパやママの意識も、短い時間の面接では、なかなか見極めることは難しいものです。

 とっても美味しいお料理でした 是非また、行ってみたいねと主人とも話し、お味とサービス、雰囲気には大満足のランチでしたが、私にとっては「考えさせられる時間」でした

 

 

 

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新時代の育児、オモシロ話

2022年05月20日 | その他

 孫が生まれて、そろそろ3週間を迎えます。
娘の退院後、私は「押しつけ」にならないようにと気を遣いながら、ほぼ毎日、娘の家に通っています。娘と言えど、独立した家庭の人ですからね。「私はこうした」と母風を吹かせて手伝うのは違うよな・・・と感じているのです。それぞれの家庭には「ペース」「ルール」というものがありますからね

 娘の育児を見ていると、勉強になること、時代が変わったこと等々、いろいろと学ぶことは少なくありません 何事も楽しめる私です。助けを求められれば、「私はこんな風にしたよ」と伝えながら、新時代の子育てを興味津々で眺めます。
 退院以降、娘の家で手伝いをしながら、少しゆっくりできる時間には、いろいろな話をたくさんするのですが、初っ端にあった面白い話があるので、ご紹介しますね

 娘はお婿ちゃんと何でも話し合い、育児のあれこれを決めています。沐浴のことも、ミルクのことも、まさに「すべてのこと」です 私の頃は、育児は基本的には「母の役目」でしたからね。そして、私などは、その母の役目を「母の特権」と受け止めていたものです そう、特権だからこそ、多少、大変に感じても、嬉々としてやれた
 そういう話題で話していた時、私はこんな言葉を使いました。『・・・・父親の育児参加・・・』と。すると 娘は、すぐさまその私の言葉にヒットしたのです私は???の状態でねえ・・・ 
 娘曰く「ちょっと待って!父親の育児参加、って、おかしくない?参加ってっさあ、本来ならば自分の義務や責任ではないけれど、やってあげるよー、やってみるよー、って感じの意味だよねえ、違うかなあ
 いやいや・・・私はその早い反応、ちょっとコワ~イ感じの勢いにたじたじ その後は、娘の「そういう言葉自体がおかしいよね」という話となったのでした。

 なるほどね・・・私には、考えもつかなかったことなので、すっかり娘の剣幕?!に驚き、意見に聞き入り、うんうん、と納得したのでした

 今の時代は、多くの女性が産休をとって出産、しばらくの育児に携わるものの、ほとんどが「社会人」としての立場に復帰します。そういう意味では、母親は、妊娠、出産はしたものの、夫と同じ社会人の顔を持っている・・・むしろ、妊娠、出産という大事業を成すわけ、ですね
 第2子である娘が小学校に入るまで、専業主婦、専業ママだった私には、娘の言葉は新鮮であり、驚愕であり、気づき、学びでもありました。
 さてさて、娘はこれから、どんな育児をし、どんな母になっていくのでしょうか・・・私は興味津々です

 

 

 

 

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おばあちゃんになりました!

2022年05月10日 | その他

 5月1日に「おばあちゃん」になりました
娘に男の子が誕生。5日にはすでに退院し、母子ともに元気に過ごしています 

 私は日頃から「教室の生徒さん」という、とっても身近で、とっても大切に思う子ども達と接しているでしょう?決して恩を売るような気持ちではないのですよ。でも、本当に生徒達はかわいいし、大事なのです。なので、娘のところに子どもが生まれます、と話すと、友人知人の多くは「孫はかわいいわよ~」と言ってくれるものの、あまり「ワクワク的な」感情が先行する、ということはありませんでした
 でも、実際に生まれてみると、確かにかわいいです 淡々と自己分析をする必要もないのですが、笑、きっとそれは「我が子の様々な瞬間」と重なるから・・・なのかもしれない、と思っています
 コロナ禍の今は、入院中は娘にも赤ちゃんにも会えませんでしたが、今はスマホの動画が送られてきて、タイムリーにいろいろ見られる時代です。生まれてすぐの様子の動画を見て、「まあ、娘が生まれた時と、本当によく似てるわ~・・・」と思うと、単なるかわいいという感情とはちょっと違った思いが生まれる きっと、そういうことなのでしょうね。

 すでにみなさまご承知の通り、私は教室では必要性を感じると、子ども達相手に非常にストレートな表現もします。厳しきも諭したり、叱ったりします。そんな中に、おじいちゃま、おばあちゃま絡みのエピソードがたくさんあります。例えばそれはこんなこと・・・
 活発なAちゃん。活発は良いのですが、時としてそれが「落ち着きのなさ」になったり「物事を雑にしてしまう」というような行動につながります。私はその度が過ぎた時には必ず、諭したり、叱ったり。そんな私の言葉を聞くと、よくAちゃんは私に言いました。
 「ねえ、まどか先生、うちのバアバにも叱られるよ。あなたは雑だって。でもね、バアバは叱ったあとで言ってくれんの。あなたは雑で困ったさんだけど、でもバアバはあなたを大好きよ~~~、って、フフフ
 そんな時、私は困ったもんだなあ、と閉口し、言ったものです。
 「Aちゃんさあ、あなたのおばあちゃま、叱る時にはちゃんと叱って欲しいものよね・・・世の中のおじいちゃん、おばあちゃんはね、誰だってみーんな孫が大好きなのよ。孫がどんなにいけない子でも、ジイジやバアバは孫が好きなの。あなたがジイジやバアバに嫌われたらオ・シ・マ・イ
 はっはっは、今は、このAちゃんのバアバのお気持ちが少しわかる気がします
まあでも、やっぱり、私は相手が孫でも、叱る時はピシリと叱り、諭す時には言葉を選び、孫がしっかりと理解できるように諭したいと思います

 新生児の育児も、時代によって大きく違ってくるもの、だと思います。それは、昭和30年代生まれの私が母達に育てられた時代と、その私が「育てる側になった時」でも同じでした。私の母達は、私達がした昭和60年代、1980年代の育児を見て、「えっ?!?!」「ほー!!!!」と思ったものです。
 その私が、令和の子育てを見て、またまた「えっ?!?!」「ほー!!!!」と思うのです 
 でもね、昭和一けた生まれの私の親達だって立派な大人になっていたし、戦後の高度経済成長時代に育った私達、その子ども達だって大人に問題なく大人になっている・・・であるならば、育児の方法に進化や変化があったとしても、結局、それほど「大きな差を生むものではない」ということなのではないのかな?なーんてね。
 どんな沐浴の仕方をしても、どんなオムツを使っても、どんな赤ちゃんの寝方をさせても、愛情をいっぱいに受けた子ども達は、みーんな幸せに育っていく・・・
 幸いと言うのでしょうか、娘は全く心配性でも神経質でもなく、退院後の4日間、大らかな子育てをしている様子です。神経質すぎる子育てをしていくと、結果的に自分で自分の首を絞めることになりますからね。最低限の守るべきことを守り、愛情を注いで、生来の子どもの生きる力を信じて、どっしりと構えられるお母さんになってもらいたいな・・・と、おばあちゃんは考えています

 

 

 

 

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