勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

在宅ホスピス

2005-05-17 16:42:18 | Weblog
 誰にもいつかは必ず訪れる死。その殆どは病院で医療機器に囲まれ、口や鼻から、管を通され、その死は機械が判断する。そこに愛する者たちの入り込む余地などない。あなたはそんな死を望みますか? 
誰しもが愛する人に囲まれて、その手を握り、その肌の温もりを感じながら、住み慣れた我が家で死にたいと思うのではないでしょうか。
特に末期がん患者にとって残された僅かな刻を、家族と共に、人間らしく生き、そしてあるがままに終わりたい、そんな望みを叶えてくれる医師がいる。
鎌田医師と共に前回のブログでも紹介したが、グループ・Pallium(パリアン)の代表でもあり、ホームケアークリニック川越の川越医師である。

 僕はこのクリニックに5年前にお世話になった。
骨に転移した癌による痛みに苦しみながらも本人の希望によって病院を去り、共に壮絶な病魔との闘いを強いられながらも、最後は安らかな死を迎え、我が家で看取ることが出来たのは、川越先生のお蔭であり、これ以上の終わり方はなかっただろうと今も心から感謝している。

 この在宅ホスピス、耳慣れない方もいるかも知れないが、前述したように主に末期がんの患者を対象に在宅で介護し、その最期を家で看取るというものである。
週1回の医師と、週3回の看護士さんの訪問があり、あわせて週4回訪問看護による患者に対するケアーをしてくれる。
痛みに対してのPain control を初めとして、あらゆるケアーをしてくれるし、24時間体制で連絡も取ることが出来、いざというときにはいつでも駆けつけてくれるので、安心して介護することが出来る。
患者が寂しい思いをしなくてすむし、毎日病院に足を運ぶ労力も要らない。何よりも患者自身が残された僅かな時間を愛する家族と共に生き、人間らしくあるがままに自然に死を迎えることが出来るのだ。

 その後の残された家族へのケアーも行き届いている。同じ時期に愛する人を失った人たちと共に、先生や、看護士さんを交え故人を偲び、悲しみを分かち合う集いが催され、悲しみに打ちひしがれている家族の拠りどころとなる。僕も当時、その会に出席させていただき、時には学生さんや、看護に携わる方たちの前での介護の体験の話をさせていただき、どれ程慰めになったかわかりません。写真はそのときのものです。
今でも年に一度の集まりがあり、欠かさず出席させていただいています。先生の優しさ、看護学校の教鞭をとっている奥様や、スタッフの皆様の優しさは何よりもうれしい。そこにはボランティアの方々の努力もあり、今年も7月に予定されているのだが、勿論出席の返事を出したばかりである。
2005.05.16