勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

机上の空論

2011-04-12 22:13:02 | Weblog
 日本中を震撼させた巨大地震の発生から一ケ月が過ぎた。東京でも相変わらず震度5前後の余震が続き、地震速報の予告がありながら、その都度右往左往する自分に呆れている。


 呆れるのは己にだけではない。自然の脅威を改めて思い知らされている今回の巨大地震だが、地震の専門家でマグニチュード9を予測した人がいただろうか。自然災害を予測することの難しさは仕方ない。しかし、福島原発事故への対応には呆れるばかり。すべてを想定外という言葉で片付けようとするが、それは言い訳でしかない。地球上ではM9以上の地震が起きているのだから。。。

 この危険極まりない施設を、絶対安全と言い切っていた愚かさは何を根拠にしていたのか。事故発生後も、専門家たちは楽観的な意見に終始していた。彼らは放射能汚染に関しても「とりあえず安全」という言葉で逃げる。その言葉は刹那的な気休めであり、机上の空論でしかない。時が経つに連れ、被害の拡大と復旧作業の難航は、日増しに深刻な事態になっている。

 事故の国際評価尺度に至っては、最初の「レベル3」から始まり、徐々に引き上げ、遂にはチェルノブイリ事故と同じ最悪の「レベル7」とした。それでも未だに、チェルノブイリの事故とは違うと言い張るが、これからどの様な事態が起こるか誰が予測出来よう。福島原発全てが爆発した時、日本列島が安全という保証がどこにあろう。まだまだ続く余震活動と、遅々として進まない復旧作業に、爆発しない保証があるのか。チェルノブイリとの比較ではなく、同じレベルの深刻な事故であることが問題なのだ。全てが隠蔽と、自己保身の体質が為せる技と思える。

 怖いものの例えにある「地震・雷・火事・親父」の親父とは、「大山風(おおやまじ)」が「おやじ」になったそうだが、「大山風」とは台風のことなのだそうだ。つまり、この「地震・雷・火事・親父」は、すべて自然現象といえる。今更ながら自然の脅威に怯える日々である。しかしながら原発は人災である。今回の地震は原発の安全神話まで崩壊させてしまったが、訳のわからない数字を並べた机上の空論などもう聞きたくない。

 画像は今回の地震にも耐えて、地震の一週間後の3月18日13時34分に、完成時の高さの634メートルに達したスカイツリーだが、地震のニュースの陰であまり報道されなかった。地震発生時にこの上で作業していた作業員はどんな気持ちだったのだろう。