歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

掃除夫の続き

2013年04月04日 | 日記
昨日書いた掃除夫のお話なんだけれども、小学校の先生かなんかが教えてくれた話かと思っていたら、
ミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる道路掃除夫ベッポのことだったようだ。

大まかになんとなく覚えていただけで、ほとんどがでたらめだったので改めて彼の言葉を抜粋したい。



「なあ、モモ」と、ベッポはたとえばこんなふうにはじめます。

「とっても長い道路をうけもつことがあるんだ。おそろしくて、これじゃとてもやりきれない。
こう思ってしまう。」

「そこで、せかせかと働きだす。どんどんスピードを上げていく。ときどき目をあげて見るんだが、
いつ見てものこりの道路はちーともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。
心配でたまらないんだ。そしてしまいには息がきれて動けなくなってしまう。道路はまだ残って
いるのにな。こういうやり方はいかんのだ。」

「一度に道路ぜんぶのことを考えてはいかん。わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎの
ひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」

「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだ。たのしければ仕事がうまくはかどる。こういう
ふうにやらなきゃあだめなんだ。」

「ひょっと気がついた時には、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやって
やりとげたかはじぶんでもわからんし、息もきれてない。」

「これがだいじなんだ。」



『モモ』はほんの子どもだったときに読んだ本だけど、今でも私の中にちゃんとあるんだな。
不必要な脚色と必要な部分の抜け落ちに関してはご勘弁。
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夜な夜なある掃除夫のお話

2013年04月04日 | 日記
なんだか寝れないので一つお話を書こうと思う。

子どもの頃に聞いた話で、
どういう経緯で誰から聞いたのかとか、
その話の周辺のことは全く覚えていない。
でも未だに時々頭をよぎるのだ。

厳密にはピンポイントでしか覚えていないから、大部分が私の創作であることは間違いない。




ある掃除夫はとても真面目で、いつも掃除をしていました。
いろんな人から、いろんな場所の掃除を頼まれます。

ある日、掃除夫は「道」の掃除を任されます。
その道はもう終わりが見えないほど長い道でした。
誰もがあんな長い道掃除できっこないとあきらめていました。
しかし、掃除夫は文句一つ言わず黙々と掃除を始めたのです。

それが何日か続き、何ヶ月か続き、そしていつの間にか何年も経っていました。
はじめは掃除夫を馬鹿にしていた人たちも少しずつ応援するようになりました。

そして本当に長い年月が経ち、ついに長い道の掃除が終わったのです。
誰かが掃除夫に尋ねました。
「なんでそんなに長い道を最後まであきらめずに掃除できたんだい?」
掃除夫は答えます。
「僕が掃除するときはほとんど目の先しか見ていないんだ。欲張らずに少しずつ前に進んでいくんだよ。
最初からゴールなんか見ていたら終わる気がしないだろう。だってはなからゴールは見えないところにあるんだから。」
コメント (2)
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