少しずつでも、本や持ち物を整理しています。
出て来ました! 昭和27年小学3年生の時の詩集です。
まるで古文書擬きです、何故これを今迄持っていたのでしょうか?
それは、先生が忘れ得ぬ人の一人だったのかも知れません。
私達の頃は学年に4クラス(雪、松、竹、花、月組)編成でした。
雪組、男子18名、女子18名、全員が2~5編の詩を担任の前橋先生(女性)の
手作りの詩集をクラス替えの前の記念として発行して下さいました。
保管状態が悪い家だったので染みだらけになってしまいました。
私は3編(かがみ、チューリップのかんさつ、朝)が掲載されていました。
仲間の名前を見ても全ての人の顔は思い出せませんし、
自分が書いた詩と言っても記憶にありません。
友達との会話もちゃんと詩にしてくれたんだと。
飾らない言葉で日常に起こった事を、方言も交えて皆さんが書いていて、
思わず、今読み返してみて素直であった頃もあったんだと感じています。
最後のページに先生の言葉が載っていました、子供に優しい先生であったと
思う一人です。
学校以外でも、家が比較的に近いこともあり、本等を貸して頂いたことに
感謝しています。
直ぐに転勤になりその後の消息は分かっていません。
今の教育現場のことは良く分かりませんが先生が子供に向き合ってくれていたことが分かります。
小学校全体でも、こんな詩文集が出てきました。
五年生の時の詩が載っていました。
どういうわけかクラス替えがあったのに1年から6年まで雪組でした。
担任の先生は3人変わりました。
親父が6年生の時に闘病生活の後に亡くなったので、あまり家族で何かした
記憶もあまりなく、生活も苦しかったので、子供の頃のことは思い出したく
なかったのですが、この歳になると多くの人に支えられてこれたことが、
分かり今までの人生これで良かったと思っています。
その中でも人生の分岐点で3人の恩人と思っている人がいますが、、折をみて
書いてみたいと思います。
ブログを始めて、生物の写真がなくて投稿するのは、初めてだと思います。
文章ベタですので、上手く表現が出来ていませんが、
今後も備忘録的に書いてみたいと思います。
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忘れられない思い出、読み直して、
友達の顔、先生の顔を思い出したのでは、ありませんか😉
ふと小学校の時の作文を少し思い出しました……忘れないものですね。
余談ですが、
去年リハビリで入院しているときに、昔先生だったと言う明るいお婆ちゃんと時々、会話して、小学校の名前を言ったら、その小学校にいた先生でした。
そして、担任の先生の名前を言ったら、
怖い先生でしょって知ってたんです😉
不思議な繋がりってありますよね。
大先輩!
僕は昭和29年生まれです。
昔のモノ、たくさん持っています。
捨てるとかが大嫌いで(笑)。
昭和37年の少年マガジンとか♪
文集ありますね。
PDFで保存しようかとか思いながら、
なかなかできていません。
ネガもない写真とかも、
スキャンして、調整して保存したいですね。
デジタルで簡単修正、見違えるようになります。
便利になりました。
そうそう、小学校は1組とかでしたが、
中学では松竹梅に。
卒業は確か梅だったかな。
成績の順位分けではありません(笑)。
僕は良かったから(笑)。
なつかしい記憶、
また待っていますよ。
7歳早生まれと言うことは一学年下?ですよね。
こんな素敵な文集は流石に残っていません・・。
こんな文集が残ってる、いい先生に出会えましたね。
私の時は山奥ですので全クラス26人だったのです。
なので幼稚園から中学卒業まで皆変わらない。
仲良しでした。
72歳まで同窓会してましたが集まっても10人未満来られなかった子の顔も名前もみんな思い出せます。
弟妹以上に長い時間を過ごしたことになるかもですね・・。
懐かしいお話ありがとうございました(*^-^*)
一昨年、高校の古希の同窓会がありました。
楽しみにしています。
今晩は!
ご無沙汰しております。
ルリビタキにお尋ね頂とても励みになる
コメントありがとうございます。
去年退職してから行きたいときに行かれる
様になり、何とか撮れています。
技術のほうがついて行けなく勉強しています。
これからも宜しくお願いいたします。
25日3時50分おきで撮影、遠征のため見落としたこと、大変失礼いたしました。
今晩は!改めてお邪魔致します。
最近になって懐かしくなるとき有ります
嫁ぎ先も市内なのに小学生、中学の友達と
あうことありませんが最近になって合いたいと思います。
素敵な思い出話、貴重なはなごよみ
有難うございました。
歳を取ると、認知症などボケてドンドン物忘れすが多くなりますが、
普段は考えてもいなかった、昔のことが思い出されるようです。
以前に田舎に帰った時に、友達が同級生だった誰々がどうしているか聞かれたと言っていましたが、皆昔を懐かしんでいるのかも知れませんね。
私のように歳だけとった大先輩では意味がありません。
ショカさんのように、気力充実しアクティブに生きてこそ意味があります。
何気なく取り上げた、簡単な詩を読みまして、
そうか冬の日本海の波の音は、荒れていてごうごう言っていたなと、
改めて故郷に思いを馳せました。
また待っていますとありましたので、こんなもの載せて良かったのかな感じました。
Thanks,
いつもありがとうございます。
私の田舎は佐渡金山の麓ですから、昔は栄えていました。
人数もそれなりに多かったです。
この歳になると知り合いの人がだんだんと亡くなっていくので寂しくなります。
自然を相手にあくせくせずに穏やかな毎日のを過ごしたいですね。
同窓会、昔の仲間には会社のように上下の関係もないので遠慮なく、
久し振りにあっても随分会っていなかったと思えない位に話が進みます。
しかし、もうこの歳になると住所連絡なし、メイルで連絡、分からなくなったらお終いと申しあわせました。