テントサイトで爆睡中のむぎ。キャンプへいくとコーギーらしさを発揮して頼もしく見えた。
☆うちの子も……
午後、会社の中で同僚の女性に呼び止められた。社内で唯一のわんこ仲間であり、ときどきわんこの写真を見せ合っていた。
だから、むぎの死を彼女にだけは伝えていた。彼女の愛犬もまたガンで明日をもしれない状態と聞いていたからである。
「ウチの子も死んじゃったんですよ」
悲しげな言葉の奥に、すでに覚悟をしていた人ならではの諦観があった。むぎのように予測もしなかった突然の死も悲しいけど、病気で命を削る姿を見守らざるを得ず、ずっと覚悟していた挙句に見送らなくてはならないのも、これまた辛いだろうと思う。
彼女の場合、野良を引き取って面倒をみていたので正しい年齢は不明だったが、推定で13歳くらいだろうということだった。亡くなったのは11日だったそうだ。
「小さな骨になってしまって……。ほんとうに、お聞きしていたとおり骨になっても可愛いんですね」
それはぼくが彼女に教えたことだった。
☆こんなに小さな骨だったんだね
むぎが死んだとき、むぎの遺体を写真に撮って残そうなどと思いもしなかったのに、むぎの骨は写真に残してある。荼毘に付して骨だけになってしまったむぎを、葬儀場の担当さんは丁寧に説明しながら目の前に整えてくれた。ちゃんとむぎの姿がよみがえった。
骨になっても、むぎはやっぱりとっても可愛らしかった。骨だけのむぎも、いかにもむぎらしい可愛さだった。
ぼくは持参していたiPhoneのカメラで骨のむぎを何枚も写した。
「かわいいなぁ、おまえは骨になってもこんなに可愛いんだな」と、何度も語りかけながら……。
こんなにも小さな骨で走り、飛びついてくれていたのか、あのデブな身体を支えていたなんて……と驚くほど小さな、それは小さな骨ばかりだった。改めて並べてみると、そのフォルムに愛しさが募る。
そんな話をしながらぼくは同僚の女性に骨のむぎを見せた。最初はギョッ! としていた彼女だったが、イヌに愛情を注ぐ同士、すぐに理解してもらえた。
同じように失った愛犬の骨を目の当たりにして、彼女もまたぼくの「骨になっても可愛い」という実感をわかってくれたらしい。
とはいえ、他人様にはやっぱり気持ちのいいものではないだろうからここには写真を載せないが、飼い主には骨さえも可愛くてならない。
(もし、ご覧いただけるなら、「お骨になったむぎ」に置いてあります)