☆この店のテラス席にもむぎのビジョンが
まだ夏の陽気は続いているが、それでも晩夏の光と風が明らかだ。
昨日のシェラとの約束を、まったく逆方角の多摩センターのケーキ屋で果たすことができた。
盛夏のころだったら、たとえ日陰を作ってくれる天幕の下でも、日中のテラス席におよそイヌを連れていくなど考えられなかった。シェラを同行できたことからも、すでに夏が盛りを過ぎたのは明白である。
この店のテラス席にも、やっぱりむぎの思い出が濃厚である。シェラだけしかいないというのが不思議に思える。なぜ、ここで見慣れたむぎがいないのか、と……。
ここにもむぎのビジョンは濃密である。
☆大好物のアイスクリームなのに
前回、むぎが旅発つ直前の6月、週末のどこかで訪れている。
絶品のロールケーキが有名なこの店のテラス席が開設されている季節、真夏をのぞいて、ぼくたちは頻繁に訪れる。目当てがアイスクリームだというのに、前回きたとき、シェラはぼくが差し出したアイスクリームに顔をそむけた。あんなに大好物だったというのに……。
ところが、それを見たむぎまでが、プイと横を向いてしまった。去年の夏は週末ごとのアイスクリームで太らせてしまったと悔やむほど外へ出れば欲しがっていたのがなんという変わりようだろう。
アイスクリームにかぎらず、むぎは、シェラが食べないものは決して口にしない。だが、アイスクリームまでというのはやっぱり驚きだった。
「おまえたち、どうしちゃったんだ?」
ぼくはビックリしてもう一度シェラとむぎにアイスクリームを差し出した。ふたりの反応は冷たいものだった。結局、ぼくは自分の分とわんこ分の二個を食べなくてはならない羽目になっていた。
☆むぎがジョジョになったわけ
後日、ほかの店でもアイスクリームを試してみたが、やっぱりシェラが顔をそむけ、むぎがシェラに従った。カロリー制限を義務づけられている彼らにとって、その嗜好の変化はかえって好都合だった。
きょうも、最初、シェラはぼくの手にしたアイスクリームを無視した。だが、いつのまにか家人にねだり、食べはじめていた。
どんな心境の変化だろうか?
「もし、むぎがいたら、もう一個、わんこ用が必要になったな」
そういいかけて、ぼくはすんでのところで口をつぐんだ。ひとつは、家人のウルウルを誘わないために、もうひとつは「むぎ」という名前を口にしないようにしているからだった。
口にしない理由はシェラのためである。ぼくたちが会話の中で「むぎ」といっていると、シェラが落ち着かなくなってむぎを探しはじめるからだった。
どうしても、むぎの名前が必要なとき、ぼくたちは「次女」と呼んでいた。それがやがて、「ジョジョ」になった。「もし、ここにジョジョがいたら……」といった調子である。
☆むぎ、どこへも行くな!
むぎが死んで仏教でいうところの四十九日も過ぎた。むぎが幽界へと旅発ち、残されたわれわれの忌明けとなった。
だけど、思う。
どこへもいくな、むぎ。
ずっとこの世にとどまって、ぼくたちが幽界へと渡るとき一緒にいこう。
やがていく、シェラともども一緒にいこう。
それまで待っててくれ!
ぼくたちのそんな迷いと未練が続くかぎり、むぎの納骨すらできないままだろう。きょうもお骨を専用のショルダーバッグに入れて一緒に出かけた。
ぼくたちが溺愛したむぎである。気のすむまで、「ジョジョの骨」は抱き続けてやろうと思っている。
ぼくたちの不覚から死なせてしまった愛しい子なのだから。