☆幸せだったあのころ
そうか、さんざん歩いたこの道も、むぎがいなくなってはじめてだ――シェラとふたりで訪ねた「横浜水道道路」もそんな思い出深い道のひとつである。
南町田の246号線沿いケーズデンキの横から鶴間公園に至る数百メートルの緑道を、季節のいい時期にむぎを伴ってさんざん歩いた。クルマをアウトレットモールの「グランベリーモール」へ停め、ぐるりとめぐる行程は、春までのシェラやむぎには、まだきつい距離ではなかった。
途中にパンとケーキのオシャレなお店があり、ここのテラス席で休憩するのがわんこたちのお気に入りだった。
この道は、日陰がないので夏は近づかない。きょうは曇り空だったし、涼しさもあって訪れた。道の両側からススキをはじめ生い茂った雑草が人間の背丈ほども延びて緑の壁を作っていた。本来なら芝草が続いていたところである。
シェラもむぎも舗装された歩道よりも芝草の上を歩くのが好きだった。においを嗅ぎ、油断するとゴロリと寝転がって背中に芝草についているにおいを自分の身体になすりつける。
とっても幸せそうな光景だった。
最後に歩いたのはいつだったろうか。ウメの季節には何度も歩いた。そのウメが散ってサクラに代わり、若葉が萌えるころの記憶もある。梅雨入りを境に足が遠のいていたみたいだ。
ここを歩いていたむぎの元気な姿を思い出し、思わず目がしらが熱くなってくる。むぎが旅発つほんの二か月足らず前の姿だけになおさら胸に迫るものがある。
なんであんなに呆気なく……。
ただ、シェラだって、あのころにくらべたらずいぶん衰えてしまった。それなのに、この道をひとりで歩くシェラは妙に気合いが入っている。この散歩道の終点にあるお気に入りのテラス席を目指しているのだろう。
さっきまでクルマのフロントガラスを湿らせていた小雨はやんでいたが、いつまた降ってくるかわからないような空模様である。
☆ワガママでもいいんだよ
「シェラ、もう帰ろう。あした、また来よう」
聞こえてはいないだろうが、そういってリードを引くと、立ち止まり、振り向いたシェラはしばしぼくの顔をじっと見つめ、おとなしく戻りはじめた。
こういうことには従順ではなく、抵抗を見せるのが当然のシェラだっただけに意外な反応だった。
上の写真は今年の3月、ケーキ屋さんに入りたいと抵抗するシェラであり、下はリードをゆるめると、さっさと店へ向かう姿である。むぎはこういうワガママな態度は決して見せなかった。たとえ、シェラが主張しても同調はせず、ぼくたちに従順だった。
ワガママなシェラがむぎのように従順になっている。むぎがいなくなってワガママも影をひそめたのだろうか。
「必ず約束は守るからな」
そう言い聞かせながらいまやってきた道をゆっくりと戻った。ここでもシェラが道端のそこかしこでにおいを嗅ぎはじめた。戻りながらぼくは何度か振り向いた。
やっぱりむぎのいないこの道はどこかヘンだ。ワガママじゃないシェラもヘンだ。
シェラよ、ワガママのままでいいんだよ。