☆エスカレートする甘え
何年ぶりかで、まるで子犬のころのようにはしゃぐシェラとひととき遊んだ。
なんの前触れもなく、突然、シェラのテンションが上がってしまったわけではない。いくつかの伏線の末にシェラの童心にスイッチが入ってしまったのだが……。
むぎの死をきっかけに、家人のシェラへの過保護が一段と進んでいる。もともと過保護体質の家人と依存心がひときわ強いシェラなので、皮肉をこめていえば「相性」はピッタリなのである。
ここへきてシェラの家人へのわがままがエスカレートしてきた。とくに「おやつをもっとちょうだい」とねだる度合いが増している。
昨夜は見かねたぼくがひさしぶりに怒った。自覚があったのか、ぼくに怒られてシェラはバツが悪そうにしている。それでも改まったわけではない。
原因は、「年寄りなんだからかわいそうじゃない」という家人の反応を察知しているからだ。にらむぼくにシェラはことさら素っ気ない。「フン!」という態度でいる。
そこで、シェラが嫌がる遊びを仕掛けた。
☆さあ、遊ぼう!
白けた顔で廊下に寝そべっているシェラにぼくは四つん這いになってゆっくりと近づいた。これがシェラには不気味に思えるらしい。低く唸って「やめてよ」と訴える。
それでも寄っていき、ちょうどシェラが「お手」をするように、いきなりシェラの前にぼくが手を出すと確実にビビる。「アウ!」といって噛むしぐさで威嚇する。
同じようにやっても手のひらを上にして出すと、こちらが何もいわないのにあわてて「お手」をする。むろん、それでもビビってる。
こうしてからかっているうちにシェラの遊び心に火がついた。廊下から、部屋から、猛然と走り、寝そべっているぼくの身体の上まで乗り越えて走りはじめた。
「危ないからやめなさい! 足を痛めたらどうするの」
家人が悲痛な声を上げるがもう止まらない。わがままの果てに怒られたバツの悪さを解消するかのように二度ほど、ひとしきり滅茶苦茶に疾走した。
もし、ここにむぎがいたら……と思う。あの子には、こんなときも一緒に遊べる器用さがなかった。いまも、きっと、興奮するシェラを見て、それ以上に興奮してただひたすら吠えることで参加するだけだったろう。
生来がおとなしく、また、飼い主に対してはとっても不器用なわんこだった。ぼくたちは、むぎがはしゃいだりする姿を見たことがない。シェラに依存することがすべてのわんこだった。
だからさらに思ってしまうことがある。
パピィだったときからずっとシェラを母親のように頼りにし、また、シェラに守られて生きてきて、このところのシェラの衰えにむぎは絶望していたのではないだろか、と……。
「バカな」と思いつつ、そんな気配をぼくたちは薄々感じていた。それがむぎの突然の死の引き金になったとまではいえないだろうが……。加えて頻発する地震への怯えもむぎの心に大きな負担になっていたはずだ。
まさかと思いつつ、やっぱりそんなむぎの心の負担の可能性を拭い去れないでいる。
☆やっぱり疲れがでたね
昨夜、いっときはしゃいだシェラは喉が渇いて水をたくさん飲んだ。夜中にトイレにいきたがるだろうなと覚悟していたら、案の定、12時近くになって外へ連れ出された。
例によってむぎネコが寄ってきた。シェラはオシッコが終わってもあちこちしつこく臭いをかいでまわり、一向に帰ろうとしない。そのうち、むぎネコはどこかへ隠れてしまった。
今朝、シェラは昨夜のはしゃいだ疲れからだろ、あまり歩きたがらなかった。ただ、相変わらずあちこちしつこく臭いをかいでまわっていた。
シェラ、昨夜は久しぶりに楽しかったよ。
遊んでくれてありがとう。
もう、ああいう遊びはこれが最後だろうね。
父さんは、昨夜のことを決して忘れない。