☆シェラが好きというけれど
今朝のむぎネコの行動に、ぼくはあっけにとられてしまった。
なんというネコだろう。やっぱりむぎの魂が憑依したのではないかと気持ちがぐらつきそうになる。
もう、むぎネコにはかかわるまいと思い至るのに、そう思うたびに彼のほうからいろいろな形でやってくる。なんとも不思議なネコだし、奇妙な因縁をついつい感じてしまう。
かかわるまいと思った理由は、彼には複数の応援団がいて、そこかしこで餌も与えられている。なぜかそれなりに地域の人気者になっている。そんなネコには、深くかかわるよりも見守る側に身を置くほうが互いのためだと悟ったからである。
だが、むぎネコに対しての家人の感じ方はぼくとまったく異なる。
わんこ好きのかわったネコだとはいえ、あの子はとくにシェラが大好きで、シェラを見つけるとついてくるのだという。ほかのわんこには、散歩につきあうほどの執着はもっていないとも……。
☆今朝はいないと思ったら……
はたしてそうだろうか?
たしかに、ぼくもむぎネコがよそのイヌの散歩につきあってついていく姿は見たことがない。しかし、たまたま見ていないだけで、ほかのイヌと散歩をしているかもしれない。家人がいう「シェラが大好き」というのは、それこそ「贔屓(ひいき)の引き倒し」ではないのだろうかと思ってきた。
今朝の散歩にむぎネコは姿を現さなかった。鳴き声さえ聞こえてこない。
気ままにして気まぐれな野良ネコである。そんな朝もある。それなのに、見なければ見ないでどうかしたのかと心配になる。しかし、探す手だてはないから明日に期するしかない。
シェラとひとまわりしてマンションの玄関前へ戻ってきた。玄関の脇、植え込みの近くに、マンション構内のシェラの移動に使うためのキャリーが置いてある。プラスチック製のクレートを荷物を運ぶときに使う台車にビス止めしたものである。かれこれ10年間、このマンションに越してきて以来使ってきた。
むぎが健在だったこの間までは中に二匹を入れて移動した。
そのクレートにシェラを入れようとしたところ、なんと中からむぎネコが飛び出してきたではないか。ぼくたちが散歩をしている隙に入り込んだらしい。
やっぱり、奇妙なネコである。ぼくは驚き、そして、思わず笑ってしまった。
「おい、シェラ、そのうちここに入って一緒に家に戻ることになるかもしれないぜ」
すぐ脇の植え込みに逃げ込んだものの、尾が外に出たままでいるむぎネコを見ながら、ぼくはシェラに語りかけた。
☆嫌がらないシェラの態度
自分の入るべきキャリーのクレートから飛び出したむぎネコを、シェラは反射的に追う仕草を見せたが、吠えたりはしなかった。ネコが入っていたクレートの中のにおいを嗅ぐでもなく、いつものように頭を突っ込むと勢いよく飛び込んでいった。
見かけによらず神経質なところがあるシェラは、このクレート内部のにおいや変化に敏感である。少しでも雨に濡れたりすると入るのをいやがる。濡れてにおいが変わるともうダメだ。中敷きを新しいのに替えてやらないとテコでも入らない。
だが、今朝はネコのにおいがついたはずのクレートの中にいささかの躊躇もなく入った。
家に戻り、いましがたの顛末を家人に話した。
「そうなのよね。あの子、本当にシェラが好きなのよ。シェラだって元々はにゃんこが大好きだから……」と彼女が反応したのはいうまでもない。
「やっぱり、他の人にだけ任せていないで、わたしもあの子に餌をやらないとならないかな」とも言い出した。こんな楽しい騒動が重なると、やがて、「やっぱりあの子はウチにくるために生まれてきたネコちゃんなのよ」と家人言い出す日がくるだろうと恐れている。
そうはいっても、ふと、むぎを思い出して気持ちが沈みそうになると、むぎと似たような毛並みのこのネコが現れて必ず何か楽しいパフォーマンスを見せて、ぼくたちを慰めてくれる。それを思うとぼくもこのネコに不思議な因縁のようなものを感じてしまう。