☆いやがるシェラ
暑かった陽気がようやく一段落した夕方近く、今日も家人のリクエストで別のペットショップへ向かった。あそこならコーギーのパピィの一匹や二匹はいるだろうと思える大型店である。かつて、この店で何頭もの可愛いコーギーのパピィを見てきた。むろん、シェラも連れて……。
シェラも伴って店内に入るとすぐにたくさんのパピィたちが目に入った。売れずに大きくなってしまった子たちは床のサークルにまとめて置かれている。ひと目でここにはいない。シェラもサークル内の子たちも無関心を装っている。
シェラが「いやだなぁ」と思っているのがリードを通じて伝わってくる。
☆唯一、シェラに反応した
コーギーは、一匹だけ奥まったケージの中にいた。7月の、むぎが天に召されてまもなく生まれた女の子である。まだ二か月余りだというのにすでに大きな耳も立っている。
ガラスの向こうでこの子はシェラを見つけて烈しく反応した。吠えながら、仕切りのガラスを何度も前脚で引っかいてシェラの気を引こうとしている。まるでシェラを待っていたかのように……。
この行動にぼくたちは思わず顔を見合わせた。だが、シェラはというと、一瞥しただけで、まったく冷淡だった。
時間をおいて、三度、ぼくはこのコーギーの前にシェラと連れっていってみた。その度にこの子は起き上がり、シェラに飛びつく動作を繰り返した。通路の側を、ほかのわんこが通ってもまったく興味を示さないというのにである。
シェラを待っていた子だ! そう錯覚しそうになりながら、ぼくはどこかで冷めていた。家人も執着は見せていなかった。
何十匹かいるパピィの中で、唯一、シェラに反応した子ではあっても、同じコーギーながら、むぎの面影の片鱗さえない。むしろ、それがなおさら寂しかった。
昨日も二軒目のペットショップでお客さんが連れていた二歳になるコーギーと逢った。とってもフレンドリーで、こちらの笑顔に応えて何度もすり寄ってきたのでその度に撫でさせてもらったが、むぎを彷彿させる要素はひとつもなかった。
☆もうこれで気がすんだ
今日も二軒の店を見てまわり、結局、コーギーは最初の一匹だけしかいなかった。
「シェラがいてくれる間はむぎの代わりなんかいらないの。もうシェラだけを愛していたいしね。コーギーだけじゃなくて、どの子もやっぱりむぎの代わりになんかなるはずがなかったわ」
帰りにクルマの中で家人がいった。
ぼくだけではなく、家人も気がすんだようだ。そう、むぎの代わりになるような子がこの世に存在するはずはない。最初からわかっていながら、どこかにむぎがいるかもしれないと妄想し、ようやくそれが埒もない幻想だったと気がついた。
今日、シェラに反応したあの子は、あの子なりに可愛かった。きっと、優しい飼主に恵まれて幸せになってくれるだろう。
もうむぎの幻影を追って迷うまい。