今日12月14日にピッタリの記事が書けました。(笑)そう!12月14日と言えば・・・元禄15年12月14日(1703年1月30日:2007年の暦と一致)に旧主浅野内匠頭長矩の仇である高家吉良上野介義央の屋敷に討ち入り、元赤穂藩士大石内蔵助良雄以下47人の武士が仇討ちをした日です。
さて皆さん、「切腹最中」を知っていますか?切腹「さいちゅう」ではありません。切腹「もなか」です。和菓子です。仕事で新橋界隈をウロウロしていて見つけました!お店の名前は「新正堂」。由来は新橋に大正元年にできたからです。その看板商品が“切腹最中”なのです。足で探したというよりも、犬も歩けば・・・ではありませんが、歩くと面白いものを見つけてしまうようです。(笑)
何故「切腹最中」なのか?実はここのお店が浅野内匠頭が切腹した、一関藩主・田村右京太夫建顕(たむらうきょうたいふたけあき)邸跡にある(あった)からなのです。(現在、店舗は10m程南に移動しています。)そういう経緯でこのお店では、忠臣蔵ゆかりのお菓子を販売しています。(住所: 東京都港区新橋4-27-2 )
写真は日比谷通にある『浅野内匠頭終焉之地』の碑。(説明看板には内匠頭の辞世の句が記されています。)
「切腹最中」は1個178円です。ご覧の通り最中の皮から餡がはみ出ていて、まさに「切腹状態」。たっぷり餡は、結晶の大きな純度の高い砂糖を使用し、求肥(ギュウヒ)入りの、甘さをおさえたさっぱりした味です。
新橋と言えばサラリーマンの街、仕事上のミスを取引先にお詫びに行く折、「切腹覚悟」の意として、手土産によく利用されているとか。(←ほんまか?)