着物熱が上がってきました。明日、お友達に船場に連れていってもらうのですが、やっぱり自分で縫いたい…。でも現状、習い事を増やすことも自宅でちくちく内職するのも時間的に無理です。有閑マダムになることがあったらやってみたいのは和裁、洋裁、クラフト…。余裕がないとこういうのできないですねぇ。特に着物は完成までに時間がかかるし。
さて、私の和裁歴ですが短大時代の1年とその後学生を続けていたのでその間のみ。社会人になってからはとんとご無沙汰です。
そもそも、なぜ和裁だったのか?短大は家政科(その後、進学した大学では文学部)で、一回生(関西では学年のことを一回)の後期でコースを選び、実習が多い服飾コースに。二回にあがるときにゼミの希望を取るのですが、私は第一希望の洋裁に落選、第二希望だった和裁に泣く泣く入りました。なんで、“泣く泣く”だったのかと言うと和裁はまったく興味がなくて一回のときの基礎でも洋裁を取っていたのです。
でも、入ったからには卒業制作を袷の他、4つこなさなくてはなりません。しかも、まず袷からの実習スタート。浴衣も縫ったことがないのに、裏地もある袷から和裁をすることになった無謀な私。
それはもう苦労しました。苦労したけど、できたときは凄くうれしかったです。生地を凹凸のある素材にしたため初心者には難しく、身頃がつっているのが残念。それのせいで袴と合わせた以外は着たことがないのです。これもいつか直すことができればいいのですが。
袷の後、長じゅばん、名古屋帯、袴を作成して無事に卒業することができました。
卒業後、自分で縫ったのは浴衣(ミシンを使う洋裁)、アンサンブルの単。浴衣は台湾から着たお友達に上げました。アンサンブルは、羽織も作るつもりだったけど断念。羽織は、仕立ててもらいましたが単を作ったときに私が切り方を間違っていたらしく、反物の生地が足りなくなり羽織風のもの(襟がない)となって戻ってきたのでした。作った割りにそれで満足して約10年、たんすの肥しとなっています。
たぶん、作る工程で出来上がったときの達成感が好きなんでしょうね。
そのうち過去の作品をアップします。
さて、私の和裁歴ですが短大時代の1年とその後学生を続けていたのでその間のみ。社会人になってからはとんとご無沙汰です。
そもそも、なぜ和裁だったのか?短大は家政科(その後、進学した大学では文学部)で、一回生(関西では学年のことを一回)の後期でコースを選び、実習が多い服飾コースに。二回にあがるときにゼミの希望を取るのですが、私は第一希望の洋裁に落選、第二希望だった和裁に泣く泣く入りました。なんで、“泣く泣く”だったのかと言うと和裁はまったく興味がなくて一回のときの基礎でも洋裁を取っていたのです。
でも、入ったからには卒業制作を袷の他、4つこなさなくてはなりません。しかも、まず袷からの実習スタート。浴衣も縫ったことがないのに、裏地もある袷から和裁をすることになった無謀な私。
それはもう苦労しました。苦労したけど、できたときは凄くうれしかったです。生地を凹凸のある素材にしたため初心者には難しく、身頃がつっているのが残念。それのせいで袴と合わせた以外は着たことがないのです。これもいつか直すことができればいいのですが。
袷の後、長じゅばん、名古屋帯、袴を作成して無事に卒業することができました。
卒業後、自分で縫ったのは浴衣(ミシンを使う洋裁)、アンサンブルの単。浴衣は台湾から着たお友達に上げました。アンサンブルは、羽織も作るつもりだったけど断念。羽織は、仕立ててもらいましたが単を作ったときに私が切り方を間違っていたらしく、反物の生地が足りなくなり羽織風のもの(襟がない)となって戻ってきたのでした。作った割りにそれで満足して約10年、たんすの肥しとなっています。
たぶん、作る工程で出来上がったときの達成感が好きなんでしょうね。
そのうち過去の作品をアップします。