毎週 江ノ島でセーリングを愉しみ 人生を愉しむ♪

ヨットを自作し帆走♪
中古ヨットを買って直しながら帆走♪
多岐にわたる知識が必要ですがマダマダ

夢のような非日常から早一ヶ月・・・・

2014年07月22日 | Weblog
2014年 七夜月 22日

昨日は 海の日
行ってきました 日本海

のりこちゃんの 両親が夏をすごす新潟へ

行きは途中でものすごい 豪雨・・・・?
ものすごいのが 豪雨だから 正しくは
ものすごい雨♪ かな~


先月 22日は横浜大桟橋から父島に出航した日

あの 夢のような 非日常からもう一ヶ月

その総集編を・・・・

大体 
小笠原に 梅雨は無い
小笠原高気圧団
小笠原返還が小学生の時
小笠原は東京から南に 1000km
横浜からは?? 手元にあるバックトラックによると
967km

う~ん 東京からよりいくらか父島に近い

この バックトラックは
パイレーツオブカリビヤン
の不思議なコンパスのように
北を指さずに
登録した方向と距離を示します

すごいでしょ~




梅雨 とは 停滞前線
先月は九州から東に延びていた
その先にある小笠原 父島
当然 梅雨は無くても 前線は越えなければならない
超える??
飛行機なら 越えられる
でも 船でしか行くことのできない 小笠原
停滞前線を潜っていく

小笠原高気圧
なんて夢のような名前♪
って小学生の頃に思った
だって 小笠原高気圧が横浜を覆ったら 夏休み♪

戦後の色が濃かった昭和40年台?
少年雑誌には 戦争の漫画が必ずあった
だから 飛行機に興味を持ち エンジンに興味を持ち 実際に作って飛ばした

だから 練習機くらい飛ばせるんじゃないか
と小学生の頃に本気で思った

南に 1000キロメートル
小学生の頃 自分の遊びのエリアはせいぜい半径 1km
その 1000倍
常夏 毎日夏休み
というのが  小学生の僕のイメージ



それで 子供たち3人だけの旅行を小笠原 父島に選んだ
良かった♪

という話を聞いて いつか僕も

という思いがやっとかなった



娘は その後 新婚旅行でも行き
長男夫婦は 3月11日の大震災の時に父島にもう少しというところまで行き
日本中からの乗客の皆さんがいるので
そのまま 帰途へ
横浜大桟橋が地震の被害を受けていたので
当初 神戸に入る 予定
でも 本来 横浜入港の予定のお客様
神戸に入港してその後の移動がスムースに出来るのか?
僕も 神戸まで迎えに行く気でいたが
なんとか 東京 晴海が使えそう

ということで 晴海に帰航

そんなこともあったな~

それから 考えれば
そうふがん 鳥島 辺りで停滞前線を通過するのに
天気が悪くてもなんてことは無い

大体 にっぽん丸は観光船です
小笠原に行くのに 定期便もあります

小笠原丸 です

小笠原丸 はどんなことがあっても どんな海況でも
予定時間に小笠原 東京を往復します
週に一度の定期便です
ですから 新聞も 一週間分ビニールパックされたものが
スーパーマーケットで 1300円ほどで売られていました
手紙も 週に一度小笠原丸が運びます
だから 新聞配達 という仕事は無いのでしょうか?
だから 郵便配達 という仕事は無いのでしょうか?

郵便配達は 島内の郵便物もあるからいるのかな?


小笠原の山歩きをサポートしてくださった
オガツアー さんのブログによると・・・・



観光協会の説明会
何を説明?????



こちらは 先ほど書いた
どんな天気でも定時に発着を繰り返す
二代目 小笠原丸

この後継 三代目小笠原丸の説明会だそうです
今度の小笠原丸は
にっぽん丸と同じくらいの人数が定員らしいです

小笠原丸は 島民の生活物資から
車 バイク まで運搬するのですから
相当のキャパシティーを持った船なのですね

小笠原丸は 25時間
にっぽん丸は39時間

だったかな?

にっぽん丸の巡航速度が遅いのではなく
お客様を乗せている船だからこの時間なのです

小笠原丸はその辺を走っているバスと一緒
何としてもその時間にその場所に付くのです

最短距離を突っ走って

そこに行くと にっぽん丸は
観光船
そうふがん を一回り
鳥島を 一回り

帰りには 西ノ島新島のほうを回ってから
という話でしたが
海上保安庁から
爆発が活発化してきたので
傍に行ってはならん

という ことで 他の伊豆諸島を見学しながら帰航した

航行時は
皆が起きている時間は
方向が多少狂っても 波と風が向かう方向に
波と風とほぼ同じ速さで進むと
船の動揺はほぼ無い

乗客が寝静まった頃
進路を変えてひた走る

これをやってくれるので
初めての船旅の人も安心して乗っていられる♪


そのオガツアーさんのブログには

最近の小笠原の写真が



サップ

綺麗な夕日ですね

同じく オガツアー さんのブログでは
横浜のタグボートが小笠原入港



何をしに??

大体 タグボートの耐航性は??

普通港の中
波も立たない横浜港の中で
大きな本船の移動を手伝うもので
そんなにスピードも出ないはず

そんなも外洋を走るというのは 設計の考慮には入っていないでしょ

となると 1000kmの大冒険



良くぞ ご無事で

で何をしに??



この 飛鳥の曳航するためだけに
来たそうです

飛鳥は初入港
で安全を最優先したのでしょうが

高いわけだな~


にっぽん丸の中で
落語の 三笑亭 可女児さんが

にっぽん丸の乗客は
小笠原の満天の星が見ることが出来ない
なぜなら 自分が乗っている船の明かりで綺麗に見ることが出来ない
小笠原の山でしか見られない
にっぽん丸で寝泊りする我々は見ることが出来ない

と マクラ でおっしゃっておられましたが

大体 僕らが行っている間は
天気悪かった・・・・・


またしても
オガツアー さんによると

6月の晴天時間が過去最悪だった

と書いておられましたので
この時期に 小笠原クルーズを企画した
商船三井客船のせいではないでしょう

僕たちが帰った後の
父島の夜空は



こんなで



あ~
シルエットだけで あそこね
と判る この ツー ぶり♪



でも かめじさん・・・・

にっぽん丸のブログによると・・・・・

他のクルーズでの星座教室では



船の電飾は最小限を残し消灯し



こんな 夜景が見ることが出来たらしいのだが・・・・・

何度も言うが
僕らの行った期間の天気は最悪で
星座教室は中止でした・・・・

その にっぽん丸を写してくれた
オガツアーさん



ぼくらの オガツアー



ガジュマルの枝も濡れていて
すべること・・・・・



こんなに カメラが並ぶのに
動画は一人も撮っておらず・・・・
この後の惨事は・・・・・・・・・・・・・・



ダイビングでお世話になった
ディープブルーさんのブログよると



あ~残念

僕らが行った時には
3頭の群れがいることはいたが
すぐに潜ってしまい
一緒に遊ぶのが嫌なイルカのようですね

とのこと



このあと 当然イルカと一緒に泳いだのでしょうね・・・・・


そして 僕が最初に予約をしたのが
KAIZINさん

色々なブログを見て
ここに予約をしたのは・・・・


日本初の潜水母船
蒼竜

大島より南にいくのなら
エンジンだけではダメだ
と言われ 帆装を完備した 蒼竜が出来上がった



そのイメージが
実際に見たことは無いのですが
きっとかくありなん

というトランサムなのかな~



と予約したのです

でも
ディープブルーさんのボートも
オープントランサム
なのにステンレス製の 大型ラダーを跳ね上げると
人や物が落ちないような柵になる
カッコよい船でした

こんな非日常から 一ヶ月

あと 23ヶ月で又乗るぞ~
さ~ 仕事 仕事


コメント
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