ミュウのCLASSIC ROCK LOVE

70年代、80年代のロックとその周辺の音楽について気の向くままつぶやきます♪最近のロックも取り上げます。

実に気持ちのいい音だ!! これも朝聴きたい!!PIZZICATO FIVE / ベイビィ・ポータブル・ロック

2020-07-18 16:15:24 | 最新のJ-POP

PIZZICATO FIVE / ベイビィ・ポータブル・ロック

洋楽ファンの皆様、申し訳ありません。

Jポップが流れで続いてしまいました。次回は洋楽を予定しております。たぶん・・・

 

前回、達郎氏のギターの音が実に気持ちいいという話をしたんだけど、そしたらこのバンドのこの曲の爽やかさを思い出してしまった。

1996年、日産のCMソングでヒットした曲で、三代目ヴォーカリストの野宮真貴があまりにもキュート!

実はこのバンドについて、当時は知らなかったんだけど、この曲には一発でやられてしまった。

歌詞の中身はたわいもない感じなんだけど、実にバックの演奏と合っている。

パステルカラーが音楽になったような、軽やかな曲で、ウキウキした気分にさせてくれる。

まさにうららかな春にぴったりの曲だ。

 

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日本のシティ・ポップス史上、最高のギター・カッティング!! SPARKLE  山下達郎

2020-07-18 16:06:57 | なつかしのJポップ

SPARKLE  山下達郎

前回に引き続き、達郎大先生です。

この曲を取り上げたのは、この曲のギターのカッティングがあまりにも素晴らしいからである。

1980年ごろ、山下達郎は日本一のリズム・ギタリストという言われていた(大げさかもしれないが、私の周りの音楽通の仲間内ではそう言っていた。)。今でもそうじゃないかな?って思ってしまう。

とにかく、このギターは恐ろしく気持ちがいい。心と体が爽快な気分になる。抜群のセンスとノリとテクニックだ。まさに三拍子そろっている。

達郎氏は作詞作曲能力、歌う能力、アレンジ能力、スタジオでの作業能力に加え、ギターテクニックにも優れている。まさに天才中の天才である。

天気のいい朝に聴きたい曲だ!

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この歴史的バンドはリアルタイムの時は評判にならなかった。信じられない!Sugar Babe - Down Town

2020-07-18 15:11:30 | なつかしのJポップ

Sugar Babe - Down Town

この音を聴いて、とても1975年の日本の音楽の音とは思えないと思う。とてもオシャレでびっくりする。

凄いとしか言いようがない!

そして、

今や日本の音楽界では押しも押されぬスーパースター山下達郎がいて、大貫妙子がコーラス担当しているという恐るべきこのバンドは、デビュー当時、ほぼ無名だったというのも実に信じられない話だ。

若い人はわからないだろうから、私の一般ピープルとしての実体験で話そう。当時、私は中学3年生で、けっこう音楽少年で友人と音楽の話をする方だったが、このバンドの話をした記憶はない。というか全然、情報はなかった。当時、音楽情報を得るメディアは、テレビとラジオ、ミュージックライフ、FM雑誌だったが、このバンドを取り上げるニュースはなかった。当時の若者が聴く日本の音楽といえば、井上陽水や吉田拓郎のようなフォーク系か、チューリップや甲斐バンドなどのような和製ポップス系だった。また、ヤマハのポピュラーコンテスト系からデビューする連中(チャゲアスや長渕など)もラジオでよく耳に入ってきた。シティ・ポップスに近いかどうかわからないが、かろうじて、荒井由実がデビューしていて、ニューミュージックということばが生まれつつあったという状況。まさか、こんなオシャレなバンドがデビューしていたなんて、ごく一部の先進的な人を除き、ほとんどの音楽ファンは知らなかったと思う。

まあ、当時としては先進的すぎて、マスコミはこのバンドを理解できなかったのだろう。リスナーの方も、たとえ耳にしても、たぶん訳がわからなかったかもしれない。

山下達郎の名前が一般人の目に触れ始めたのは1976年だ。ナイアガラ・トライアングル(山下・伊藤銀次・大滝詠一)による「ナイアガラ・トライアングル」が発売され、音楽雑誌に広告がでたからだ。私は、その広告をはっきり記憶している。これは元「はっぴいえんど」のメンバーで、ナイアガラレーベルを設立し、コロムビアレコードに所属した大滝詠一を、コロムビアレコードがプッシュしたからと思われる。このあたりから、マスメディアと耳の肥えた音楽ファンは大滝詠一の仲間として山下達郎に目を付けたのではなかろうか?

そして、1978~1979年ごろ、私の周りでも「山下達郎はすごい」という友人が出てきた。彼は、かなりの音楽通であり、私なんかは、「ふーん、そうなんだ。」と思うくらいだったが、1980年の「ライド・オン・タイム」のブレイクでたまげることになる。

そう、山下達郎は最初からスーパースターではなかったのだ。

最近、世界で日本の1980年代のシティ・ポップスが人気という話を聴くが、その元祖が山下達郎でありシュガーベイブなんだろうなあって思う。彼がDJを務めるFMラジオ番組を聴けばわかるが、彼はアメリカの古い音楽のものすごいマニアである。その膨大な知識をもとに、それまでの日本になかった「シティ・ポップス」というオリジナルの音楽スタイルを一から作り上げたと想像される。単にアメリカのポップスの真似をするのではなく、整理分解した上で、新たな音楽を創造した。天才が努力してすごいものを作ってしまった。それまでになかったものだから、当初マスコミに受け入れられなかったは無理もない。

それにしても、当時、日本のヒットチャートで流行っていた音楽とはあまりにも音が違うので、改めて、驚く。ギターの音が全然違う。こんないい音のギターのカッティングをするバンドはいなかったのだ。そして、洋楽のいろんなセンスやテクニックを取り入れながらも洋楽とも全く違う音楽でもある。世界に誇るべき作品かもしれない。

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