6月18日(土)、都市農業センターの次は鹿児島市の小野公園(球場)です。
グーグルマップで幸加木(こうかき)神社への道順を探すうちに、小野公園近くの山中に磨崖仏の表示があることに気付きました。
雨も降らず近くなので、ちょっと立ち寄ることにしました。
磨崖仏表記のある山手方向 以下の画像は6月18日に撮影
鍾馗様の磨崖仏は鹿児島では珍しい。必見!とありました。すぐ近い場所らしいので足を運んだのですが・・・。
左側は小野公園 田植の済んだ水田 画面外右上は休耕地
何か右手にある
100mほど歩くと右側に小さな鯉のぼりがありました。あまり気にも留めず山中へ進みました。
右上にも行ける感じだが左へ進む
足元が濡れてきましたが、子供の頃の冒険心のようなものがよみがえり山の中へ歩を進めました。
古い治山工事の銘板
昭和31年度県営治山施設と記された手作り感のある銘板でした。70年近くも前のことで驚きました。
この先には大きな岩か岩壁があり、磨崖仏が彫り込まれているのかと期待しましたが、それらしい場所はなく雑木と竹が入り混じったゆるやかな山地斜面が続いていました。
さらに進むと 何か看板があった
戦時中の防空壕跡地か
危険なので壕の入口を閉鎖しました、土地の所有者は連絡をくださいと記されていました。
防空壕と言えばシラス崖地などを掘りこんだものです。シラス崖に磨崖仏はあり得ません。ここで引き返し、改めて情報を探して出直すことにしました。
公園に戻ろうとするところで、ウォーキングの人たちを見かけたので尋ねてみたら・・・ありますよ、近いですよと案内していただき、ありがとうございました。
教えてもらった入口を数メートル行くと 左側だがよく判らない
入口は最初目にした鯉のぼりのあった場所のすぐ隣でした。この辺りを管理されている人がおられたようです。
私が想像したものとはかなり違っていた
高さ2m程度の岩に彫られていたのは目力のある鍾馗様のようです。庭の隅の岩に彫りこまれているような感じもしました。
私はもっと大きなものを想像して大岩や岩壁を探していたわけですが、全く逆で自分でも可笑しいことでした。
だいぶ苔むして蔓草も絡んでいた
グーグルマップに出ている画像よりも苔むしています。雨の後で輪郭がはっきりしないのかも知れませんが、管理する人がいなくなれば苔や草に埋もれて知る人もなくなることでしょう。
教えてくれた人の話ではこの辺りの山中には(遺跡のような)何かがあるそうですが、田圃も山も荒れて入れないそうです。
無駄足にならず、鍾馗様に出会うことができて幸いでした。季節を改めてまた足を運びたいと思います。次は幸加木神社です。
グーグルマップで幸加木(こうかき)神社への道順を探すうちに、小野公園近くの山中に磨崖仏の表示があることに気付きました。
雨も降らず近くなので、ちょっと立ち寄ることにしました。
磨崖仏表記のある山手方向 以下の画像は6月18日に撮影
鍾馗様の磨崖仏は鹿児島では珍しい。必見!とありました。すぐ近い場所らしいので足を運んだのですが・・・。
左側は小野公園 田植の済んだ水田 画面外右上は休耕地
何か右手にある
100mほど歩くと右側に小さな鯉のぼりがありました。あまり気にも留めず山中へ進みました。
右上にも行ける感じだが左へ進む
足元が濡れてきましたが、子供の頃の冒険心のようなものがよみがえり山の中へ歩を進めました。
古い治山工事の銘板
昭和31年度県営治山施設と記された手作り感のある銘板でした。70年近くも前のことで驚きました。
この先には大きな岩か岩壁があり、磨崖仏が彫り込まれているのかと期待しましたが、それらしい場所はなく雑木と竹が入り混じったゆるやかな山地斜面が続いていました。
さらに進むと 何か看板があった
戦時中の防空壕跡地か
危険なので壕の入口を閉鎖しました、土地の所有者は連絡をくださいと記されていました。
防空壕と言えばシラス崖地などを掘りこんだものです。シラス崖に磨崖仏はあり得ません。ここで引き返し、改めて情報を探して出直すことにしました。
公園に戻ろうとするところで、ウォーキングの人たちを見かけたので尋ねてみたら・・・ありますよ、近いですよと案内していただき、ありがとうございました。
教えてもらった入口を数メートル行くと 左側だがよく判らない
入口は最初目にした鯉のぼりのあった場所のすぐ隣でした。この辺りを管理されている人がおられたようです。
私が想像したものとはかなり違っていた
高さ2m程度の岩に彫られていたのは目力のある鍾馗様のようです。庭の隅の岩に彫りこまれているような感じもしました。
私はもっと大きなものを想像して大岩や岩壁を探していたわけですが、全く逆で自分でも可笑しいことでした。
だいぶ苔むして蔓草も絡んでいた
グーグルマップに出ている画像よりも苔むしています。雨の後で輪郭がはっきりしないのかも知れませんが、管理する人がいなくなれば苔や草に埋もれて知る人もなくなることでしょう。
教えてくれた人の話ではこの辺りの山中には(遺跡のような)何かがあるそうですが、田圃も山も荒れて入れないそうです。
無駄足にならず、鍾馗様に出会うことができて幸いでした。季節を改めてまた足を運びたいと思います。次は幸加木神社です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます