カマ鉄オモシー組合

写真を撮ってさえいれば幸せ。

和歌山という街

2011-07-31 07:23:48 | 機関車
大阪から電車で約1時間。街の中心に紀ノ川が流れる。高台にあるこのマンションから眺めただけで、大きな街だというのがよくわかる。調べてみると、人口が37万人もある。郡山より多い。港のそばには住友金属の工場などがあり、タンカーが出入りしているのが見える。
住んでるのが和歌山大学の近くだからなのか、バイクやスクーターが目に付く。それが結構アブない運転なのだ。時々センターラインを越えたまま、対向する大型車と並走してきたりする!信号待ちで前に割り込んでくるのは当たり前。自動車もそう、車間がちょっとでも空いてると、脇道からどんどん入ってくる。でも運転が荒い、という感じはない。
海が近く、淡路島も間近に見える。海水浴場までクルマでわずか15分。今年は海水浴はできないと諦めていたが。
どこかの盆地と違い、暑いことに変わりはないが、風がとても気持ちいい。東南海地震の不安もあるらしいが、実に暮らしやすい街だと思う。ずっと住み続けたいと思えるところだ。









感動のエス・ティー・ワールド・レジデンス

2011-07-30 22:15:57 | 機関車
子どもたちが夏休みの間だけでも、放射能を気にすることなく、存分に外で遊ぶことができればと、ここまでやってきた。約1ヶ月間お世話になるのが、和歌山市のエス・ティー・ワールド・レジデンス。きっかけはカミさんがインターネットで、夏休み中だけの被災者短期受入先として見つけたこと。自治体が行っている短期受入れの多くが、体育館や既存の宿泊施設を利用した、いわゆる「避難所」的な場所で、集団生活が余儀なくされるものであった。また民間で企画している受入れには、子どもたちだけのサマーキャンプ形式だったり、個人所有の空家を提供してくれるものだったりと、こちらは様々なものがあった。その中でこのエス・ティー・ワールド・レジデンスでの受入れは、東京に本社がある海外旅行専門の旅行代理店「エス・ティー・ワールド」さんが、復興支援・被災者支援を目的に旅行商品を企画し、そこで得られた収益を元に、自社所有のマンション1室を無償提供してくれるというもの。食事の時間や入浴、外出時間など、自分たち家族の生活スタイルを変えることなく過ごせる、という点がとてもありがたく、また部屋には、生活に必要な冷蔵庫、洗濯機、テレビなども完備されているということで、すぐに入居を決心した。土地勘のない和歌山という場所も、放射線の影響を考えれば十分に安全な距離であり、迷いは全くなかった。

申し込みの段階から、エス・ティー・ワールドさんの対応はとても親切で、避難しようとしている者にとって、とても信頼できる印象を持っていた。そして現地に着いてみると、我々を受け入れるための、現地スタッフの御準備と御配慮には感動すら覚えた。もう「御」を付けずにはいられないほどの心くばりなのだ。ここまで社員の方々が親身になってくださるエス・ティー・ワールドという会社・・・、素晴らしいと思う。明日の夜には、我々と同じく避難してきた家族が、ここでの生活を楽しんで欲しいということで、子どもたちのために夏祭りまでを企画してくれているのだ。「ホスピタリティ」とは何か、復興支援・被災者支援の名の下で、さまざまな取り組みをしている私自身、深く考えさせられてしまった。自分が今までやってきたことが、いかに上っ面だけの薄っぺらなものだったか・・・。不況期にあって、エス・ティー・ワールドさんが成長している背景に、間違いなくこの会社の理念、思想、そして社員のポテンシャルの高さがあると確信した。凄い。本当に感服しました。





丘の上の風車と、関空にアプローチするフェデックス
エス・ティー・ワールド・レジデンス10階より



私にとっても一生の思い出になるだろう。
事ある毎に、ここでの体験をみんなに伝えていきたい。



到着。即、鉄。

2011-07-29 18:04:21 | 機関車
和歌山に無事到着しました。

昨晩7時過ぎに福島を出発。その時点で磐越道が西会津~安田間が豪雨のため通行止め・・・。北陸道経由じゃないと無料にならないので、何としても日本海側に出なければ。少しの間でもいいから通行止め解除してくれ!と祈るような気持ちで郡山JCTを通過。すると電光表示板には「通行止」の文字がない!!!行けるか?!会津若松まで来ると、新潟方面からの対向車線には、大量の車列がこちらに向かって走ってくる。まさに「解除」された車が一気に流れ込んできたのであった。
オイラが津川や安田付近を通過するころは、雨も小康状態で、まさに奇跡。最初の難関を無事通過。
しかし新潟から関越道に入ると、壮絶な土砂降り。特に三条~長岡は、もう雨で前が見えない状態。前を走るトラックのテールライトを頼りに、付かず離れず食い下がる。その雨も北陸道の分岐を過ぎるとピタッと止み、その後は実に快調に車を走らせることができた。

富山県の有磯海まで約4時間、ちょうど400kmを過ぎたところでさすがに疲れ、小休止。その先、小矢部で2時間の仮眠。敦賀の手前で若狭湾を眺め、新疋田のループ線に後ろ髪引かれながら、米原、吹田を経由して和歌山へ。

走行距離890km。到着が午前9時半。一晩でこんなに走ったのは生涯初。その昔、東京から青森まで、国道4号で北上したことがあったが、今回はそれ以上。40を超えてからの慣れない長距離はこたえるなぁ。
そして、車で来た以上、帰りも車で帰らねばならないのだ。・・・キツイなぁ。



南海本線 紀ノ川鉄橋


疲れてはいたが、やっぱり撮らずにはいられなかった。

いよいよ明日

2011-07-27 21:28:19 | 機関車
明日、私は旅に出ます~。




※一足先の秋の風景(^^;)


1ヶ月足らずの一時避難とは言え、プチ引越しは準備が大変。



私以外の家族は列車で移動することにしました。私は荷物を運ぶ運送屋になりきり・・・。



カメラだけは忘れずに。





ネタが無くて…

2011-07-24 01:37:47 | 機関車
撮って出し、の自転車操業すらできず。マジメに過去のポジをスキャンしないと、すぐに経営破綻してしまう我がブログ。








しかーし!

とある事情(放射能問題!)から、ウチの家族も夏休みの間、自主避難を決意しました。


行き先は…、ブログネタにする都合上、まだ伏せておきます。


ただオイラは、家族を送ったあと、やはり仕事があるので、福島に戻って来るのだが。


出発は7月28日。


このブログらしからぬ写真が撮れたらイイな。


自分自身に乞うご期待?
ちなみに画像は全く無関係~(^_^;)


カマ鉄オモシー組合

写真さえ撮っていれば幸せ