カマ鉄オモシー組合

写真を撮ってさえいれば幸せ。

純朴な田舎モン、御召を撮る その2

2012-10-13 10:00:00 | マイ・アーカイブス
前日の御召撮影から一夜明け、



再びオラは学校をズル○みした。
(午前中だけね)



もちろん、返しを撮るために。



場所は南福島-金谷川の鉄橋。





1984.9.26 東北フルムーン御召
南福島-金谷川 ED75 121




中学時代からの友人M君と一緒に。



通過1時間ほど前に、



この場所の警備担当である私服警官が来たのだが、



補導も職質もされず、



とても気さくに話をしながら、



通過までの時間を過ごした。



(写真の左下に当局のマイクロバスが写っている)



前日の騒ぎとは裏腹に、



ゆっくりと御召撮影を楽しむことができた。



そして撮影後、チャリを飛ばして学校に向かったのだ。



ED75 121

2012-10-12 17:20:57 | マイ・アーカイブス
まあこの時期、



過去には全国各地で御召の話題が絶えなかったわけだが、



私が生まれて初めてカメラに収めた御召が、コレ。





1984.9.25 東北フルムーン御召
松川-金谷川 ED75 121




これ以前にも東北線の御召はあったのだが、



子どもだったので、全く記憶がない。



この当時、高校生だった私は、



福島市内から自転車を漕いで、



松川-金谷川までやってきた。



ん?学校は??



平日だったはずだが、ほとんど記憶にない。



確か、昼前後からこの場所にいたと思うが、



通過時間が近づくにつれ、



追っかけ組がガンガン車で乗り付けーの、



今まで見たことがないぐらい人が集まりだしーの、



みなテンション上がりーの、



ついつい声も大きくなりーの、



そんな姿に圧倒されて、



東北の純朴な田舎モンであるボクは、



とても肩身の狭い思いをしたことだけ憶えている。



そしてオラは、



「いやぁ、東京ば恐ろしかとこですたい・・・」



と思ったのだ。

進行現示

2012-10-08 10:00:00 | 機関車
午後5時ともなれば、




すっかり陽は落ち、




深まる夜の装いとなる。




新潟行きの下りを、津川あたりまで




追いかけたことはほとんどない。




今回は3連休で、時間にも余裕があったので、




津川でのバルブを試みた。






2012.10.06 津川駅
SLばんえつ物語






発車時刻を待つ機関士。





車掌が笛を吹くのと同時に、





進行現示を換呼。










罐の圧力計を注視しながら、





7両の客車を慎重に引き出す。










前照灯が線路を照らし、




ゆっくりと夜へと歩み出す。










つながれ、只見線

2012-10-07 10:00:00 | 機関車
先日、大白川-只見間が再開通しましたが、




会津川口-只見間は未だ復旧のメドすら立たず。




昨年の豪雨以来、只見線を訪問していないが、




洪水被害で様子が一変してしまった、とのこと。




それでも10月27日、28日には、




会津若松-会津川口でC11が運転されるというので、




ぜひ行ってこようと思う。









タブレット交換も廃止されてしまったが、




早く全線の再開通を望みたい。





新聞記事から

2012-10-05 17:00:00 | 機関車
初めに断っておくが、



私は民主党の回し者ではないので、



誤解なきように。



9月30日のこのブログで、



前 環境兼原発事故担当大臣だった



民主党の細野豪志氏について、



福島に対する真摯な姿勢に



とても好感が持てたと書いたが、



それを待っていたかのように、



全国紙でも同じような記事が掲載された。





平成24年10月2日付 読売新聞




ね?言った通りでしょ?



過去には色恋沙汰もあったけれども、



福島に対してはホント、真面目に向き合ってくれました。



将来は総理大臣にしてあげたいと、



みんな思ってますよ。






ガレキ輸送専用列車





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