ときどき思うことがある。
写真も本当のことを伝えていないのではないかと。
確かに、私たちも写真を編集することはある。
だから程度問題といえば、そういうこともあるが、違う場合もある。
このユダヤ教超正統派の場合は全く違う。ここをどうぞ。
ユダヤ教は男女差別である。
教会の礼拝も男女別である。観光名所としても有名な嘆きの壁も
男女別である。
これはイスラエルに旅行したときに撮影したものであるが、仕切りがあるのである。
正直、驚いた。
仕切りの左側は男性専用で、右側は女性専用である。
ご覧のとおり女性専用の部分は男性用の半分もないのである。
だから女性側は混雑してる。
というわけで、女性の閣僚の姿を写真から抹消したのである。
そして、足の部分を消し忘れたため、エアーブラッシュのことがバレタのである。
また、テャーリー・ヘブド事件の直後のパリでの連帯のマーチの写真でも
メルケル独首相の姿は消されているとのことである。
ただ、このニュース自体はたいしたことではない。
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重要なことはこういう極端な国での極端なケースだけではないということである。
特に、いろんな意味で権力のある者に関する写真は世論操作がなされている
場合もあるように思う。
説明は難しいのであるが、あれと思うときがある。消し忘れに近いことがあったと
思われるときである。
多数の者が疑わないものほど警戒が必要である。
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写真ではないが、現在進行中のアメリカのTPPに関する法律なども
情報を隠したままで、議会を通過させようとしているのである。
大統領は自分は国民のことを考えている、それが自分の仕事だからと言って
正当化しているが、それを判断するのは、国民であり、その代表である議員で
あろう。 異常性についてはここをどうぞ。
権威や権力のあるものほど疑わなければならないということでしょうか。
権力は乱用されるものだというのは常識である。
だとすると健全な常識がいっそう要求される時代ということでしょうか。