支援法施行2年 障害者悲鳴 サンデーリポート
負担 もっと軽減を
福祉施設の利用に原則1割の自己負担を強いる障害者自立支援法★の施行から2年。度重なる見直しにもかかわらず、障害者と家族の間には「負担が重すぎる」との不満がくすぶる。受け入れ側の施設は収入が減り、職員の労働意欲の低下を懸念する声もある。障害者の自立を促すはずの法施行だが、2年を経て現場には疲弊感が漂っている。(森洋一郎)
■募る不信感
知的障害のある30歳代の女性は土日を除く週5日、県南部の障害者施設に通う。気の合う仲間や親身な職員に恵まれ、施設通いは最大の楽しみ。でも、母親は「月3万円の負担は正直言ってきつい。やめさせようかと何度も考えた」と打ち明ける。
綿布を裁断する通所者ら(川口市の「川口太陽の家」で) ※本文とは直接関係ありません 支援法の施行前は自己負担ゼロだった。施行後は施設利用料として月約1万8300円のほか、昼食代が月1万4300円(1食650円)かかり、月額約3万2600円。対する女性の1か月の収入は、約8万3000円の障害基礎年金と施設での作業工賃3000円ほど。3000円を稼ぐのに、その10倍を支払う計算だ。
障害者団体などの批判を受け、2007年4月から施設利用料の上限額は4分の1となり、女性の利用料負担額も9300円に軽減されたが、食費は変わらない。
母親は請求書を見るたびに、腹立たしさがこみ上げる。今年7月に再び支援法が見直され、負担の算定の基礎が「世帯の収入」から「障害者の個人収入」となる。
女性の利用料負担額は当初の10分の1以下の1500円になる見通しだが、母親は「私たちはいつも法に振り回されてばかり」と不満そう。国への不信感は逆に募った。
■施設を退所
全身マヒの障害があるさいたま市の男性(60)は「本音を言えば、やめたくなかった」と、授産施設に通っていたころを懐かしむ。
男性は施行直前の06年3月、11年間通った施設を退所した。それまでゼロだった自己負担額が4万円近くに跳ね上がったためだ。当時の1か月の収入は障害基礎年金約8万3000円と施設での印刷作業で得られる約1万5000円の工賃だけ。80歳を過ぎた母親との2人暮らしで、毎月4万円を工面できるはずはなかった。
2年たった今、男性は知人の紹介で福祉施設の事務を手伝っている。「あの時は生きることを否定された気がした」と悔しそうに振り返る男性は、7月の法改正について「国はこちらの顔色を見ながら、小出しに負担上限を下げているだけ。抜本的な解決にはなっていない」と憤る。
■生活保護回避へ 月2万8000円まで補助
県内の障害者関連5団体が法施行直後の06年6月、421施設を対象に実施した調査がある。対象者の総数は不明だが、250施設から回答があり、「退所した」「通所しなくなった」人が計43人、「退所希望」「迷っている」人が計40人、「通所日数を減らした」人が109人に上った。その後の調査はないが、法施行の影響の大きさを裏付ける数字と言える。
県南部にある施設の担当者は「施設利用料の自己負担は減額されても、昼食は実費負担のまま。今も障害者の不満が大きいことに変わりはない」と訴える。
07年の上限額の減額は、こうした実情を踏まえた措置。実費徴収の食費や光熱水費に対しては、収入の少ない人には月2万8000円まで補助を出す。自己負担することで生活保護の対象にならないよう、最低2万5000円を障害者の手元に残す仕組みだ。
食事やトイレ、風呂の介助など1割負担に含まれる基本サービス以外のサービスは、施設が独自に内容や単価を決められる。職員に買い物を頼んだり、病院に付き添ってもらったりすることが、これに当たる。
県南東部の身体障害者施設では、利用者が「100円のパンを買ってきて」と職員に頼んだら、200円加算されて300円になったという。障害者の間にも、持つ者と持たない者との格差が広がっている。
★障害者自立支援法 身体、知的、精神の障害ごとに別々だった法律を一本化し、障害者福祉制度の内容を総合的に定めた。2006年4月施行。障害別に異なっていたサービス利用の仕組みや制度も統一した。福祉施設などを利用する場合、収入(能力)に応じて自己負担額が決められていた従来の「応能負担」から、サービス(利益)にかかった費用の原則1割を負担する「応益負担」に変わった。
■施設は減収、人材難
支援法は、施設側にも波紋を広げた。
蓮田市の障害者支援施設「大地」は今年度、約1割の減収になりそうだ。市などから施設への報酬の支払いが「月決め」から「日割り」になったためだ。つまり障害者が施設を利用した日数分しか報酬が出ない。
入所者30人に通所者8人、職員は45人。穴埋めするには、運営費の約9割を占める職員人件費を削るか、稼働日数を増やすかだ。施設長の高橋孝雄さん(53)は「どこの施設も財政的にぎりぎり。職員の労働意欲に影響し、募集しても人が来ない」と憂える。
施設が運営する「喫茶ゆめ色」で接客する通所者(春日部市の通所授産施設「おおば」で) 厚生労働省の07年調査によると、福祉施設介護員(平均36歳)の年収は286万円。全職種(同41歳)の年収452万円の6割にとどまる。
さいたま市内の心身障害者デイケア施設では昨年秋、30歳代半ばの男性施設長が「結婚」を理由に退職した。男性の年収は約300万円。施設を運営する法人の幹部は「家族を養うため、結婚を機に退職し、別の仕事に就く人は少なくない。この業界で“結婚”はおめでたい話ではない」と自嘲(じちょう)気味に話した。
従来の収入を確保するには、土日曜日も開所し、障害者に休まず通ってもらうしかない。
だが、春日部市の精神障害者授産施設「おおば」の職員山寺信行さん(32)は「精神障害のある人は日によって気分や調子に波があり、毎日来るのは難しい」と話し、「休まず来る人しか受け入れない施設が今後、出てくるかもしれない」と心配する。同施設では新たな収入確保策として、コーヒー豆の販売事業を始めた。「収入減を少しでも穴埋めできれば」と期待している。
◎
そんな中、報酬が増えた施設も。県南部のある施設は障害の重い通所者が多く、最高額の報酬単価を得られることから数千万円の増収となった。
しかし、最高水準の施設認定を受けるには、利用者1・7人に職員1人の配置が必要。職員を20人近く増やさなければならず、あきらめた。ランクを維持するために、重度の障害者しか受け入れられなくなることも避けたかった。
施設長は自分自身に、こう言い聞かせる。「この人は良し、この人は駄目という選別は、私たちが決してしてはいけないことだ」と。
●質高いサービスに 人材の担保が必要
朝日雅也・県立大学教授(障害者福祉論)
障害者が地域で主体的に暮らせるようにするのが本来の自立支援。仕事をすることや福祉サービスの対価を払うことだけが、必ずしも自立ではない。福祉サービスを利用する人がお金を払えばいい、という受益者負担の考え方で本当にいいのか、もっと社会的な議論が必要だ。
障害があることを障害者自身の問題と決めつけるのは誤りだ。同じ時代、社会、地域で生きているのだから、障害者が障害のない人と同じように暮らせるよう手助けするのは社会の役割ではないか。
福祉事業者の安定した経営や質の高いサービスは大切。だが、そこに他の業種と同じ効率や生産性を求めるのは誤りだ。福祉は人材が資源。優れた人材をきちんと担保しないと、良いサービスは成り立たない。福祉従事者の収入は、少なくとも全業種の平均くらいはあってしかるべきだ。
負担 もっと軽減を
福祉施設の利用に原則1割の自己負担を強いる障害者自立支援法★の施行から2年。度重なる見直しにもかかわらず、障害者と家族の間には「負担が重すぎる」との不満がくすぶる。受け入れ側の施設は収入が減り、職員の労働意欲の低下を懸念する声もある。障害者の自立を促すはずの法施行だが、2年を経て現場には疲弊感が漂っている。(森洋一郎)
■募る不信感
知的障害のある30歳代の女性は土日を除く週5日、県南部の障害者施設に通う。気の合う仲間や親身な職員に恵まれ、施設通いは最大の楽しみ。でも、母親は「月3万円の負担は正直言ってきつい。やめさせようかと何度も考えた」と打ち明ける。
綿布を裁断する通所者ら(川口市の「川口太陽の家」で) ※本文とは直接関係ありません 支援法の施行前は自己負担ゼロだった。施行後は施設利用料として月約1万8300円のほか、昼食代が月1万4300円(1食650円)かかり、月額約3万2600円。対する女性の1か月の収入は、約8万3000円の障害基礎年金と施設での作業工賃3000円ほど。3000円を稼ぐのに、その10倍を支払う計算だ。
障害者団体などの批判を受け、2007年4月から施設利用料の上限額は4分の1となり、女性の利用料負担額も9300円に軽減されたが、食費は変わらない。
母親は請求書を見るたびに、腹立たしさがこみ上げる。今年7月に再び支援法が見直され、負担の算定の基礎が「世帯の収入」から「障害者の個人収入」となる。
女性の利用料負担額は当初の10分の1以下の1500円になる見通しだが、母親は「私たちはいつも法に振り回されてばかり」と不満そう。国への不信感は逆に募った。
■施設を退所
全身マヒの障害があるさいたま市の男性(60)は「本音を言えば、やめたくなかった」と、授産施設に通っていたころを懐かしむ。
男性は施行直前の06年3月、11年間通った施設を退所した。それまでゼロだった自己負担額が4万円近くに跳ね上がったためだ。当時の1か月の収入は障害基礎年金約8万3000円と施設での印刷作業で得られる約1万5000円の工賃だけ。80歳を過ぎた母親との2人暮らしで、毎月4万円を工面できるはずはなかった。
2年たった今、男性は知人の紹介で福祉施設の事務を手伝っている。「あの時は生きることを否定された気がした」と悔しそうに振り返る男性は、7月の法改正について「国はこちらの顔色を見ながら、小出しに負担上限を下げているだけ。抜本的な解決にはなっていない」と憤る。
■生活保護回避へ 月2万8000円まで補助
県内の障害者関連5団体が法施行直後の06年6月、421施設を対象に実施した調査がある。対象者の総数は不明だが、250施設から回答があり、「退所した」「通所しなくなった」人が計43人、「退所希望」「迷っている」人が計40人、「通所日数を減らした」人が109人に上った。その後の調査はないが、法施行の影響の大きさを裏付ける数字と言える。
県南部にある施設の担当者は「施設利用料の自己負担は減額されても、昼食は実費負担のまま。今も障害者の不満が大きいことに変わりはない」と訴える。
07年の上限額の減額は、こうした実情を踏まえた措置。実費徴収の食費や光熱水費に対しては、収入の少ない人には月2万8000円まで補助を出す。自己負担することで生活保護の対象にならないよう、最低2万5000円を障害者の手元に残す仕組みだ。
食事やトイレ、風呂の介助など1割負担に含まれる基本サービス以外のサービスは、施設が独自に内容や単価を決められる。職員に買い物を頼んだり、病院に付き添ってもらったりすることが、これに当たる。
県南東部の身体障害者施設では、利用者が「100円のパンを買ってきて」と職員に頼んだら、200円加算されて300円になったという。障害者の間にも、持つ者と持たない者との格差が広がっている。
★障害者自立支援法 身体、知的、精神の障害ごとに別々だった法律を一本化し、障害者福祉制度の内容を総合的に定めた。2006年4月施行。障害別に異なっていたサービス利用の仕組みや制度も統一した。福祉施設などを利用する場合、収入(能力)に応じて自己負担額が決められていた従来の「応能負担」から、サービス(利益)にかかった費用の原則1割を負担する「応益負担」に変わった。
■施設は減収、人材難
支援法は、施設側にも波紋を広げた。
蓮田市の障害者支援施設「大地」は今年度、約1割の減収になりそうだ。市などから施設への報酬の支払いが「月決め」から「日割り」になったためだ。つまり障害者が施設を利用した日数分しか報酬が出ない。
入所者30人に通所者8人、職員は45人。穴埋めするには、運営費の約9割を占める職員人件費を削るか、稼働日数を増やすかだ。施設長の高橋孝雄さん(53)は「どこの施設も財政的にぎりぎり。職員の労働意欲に影響し、募集しても人が来ない」と憂える。
施設が運営する「喫茶ゆめ色」で接客する通所者(春日部市の通所授産施設「おおば」で) 厚生労働省の07年調査によると、福祉施設介護員(平均36歳)の年収は286万円。全職種(同41歳)の年収452万円の6割にとどまる。
さいたま市内の心身障害者デイケア施設では昨年秋、30歳代半ばの男性施設長が「結婚」を理由に退職した。男性の年収は約300万円。施設を運営する法人の幹部は「家族を養うため、結婚を機に退職し、別の仕事に就く人は少なくない。この業界で“結婚”はおめでたい話ではない」と自嘲(じちょう)気味に話した。
従来の収入を確保するには、土日曜日も開所し、障害者に休まず通ってもらうしかない。
だが、春日部市の精神障害者授産施設「おおば」の職員山寺信行さん(32)は「精神障害のある人は日によって気分や調子に波があり、毎日来るのは難しい」と話し、「休まず来る人しか受け入れない施設が今後、出てくるかもしれない」と心配する。同施設では新たな収入確保策として、コーヒー豆の販売事業を始めた。「収入減を少しでも穴埋めできれば」と期待している。
◎
そんな中、報酬が増えた施設も。県南部のある施設は障害の重い通所者が多く、最高額の報酬単価を得られることから数千万円の増収となった。
しかし、最高水準の施設認定を受けるには、利用者1・7人に職員1人の配置が必要。職員を20人近く増やさなければならず、あきらめた。ランクを維持するために、重度の障害者しか受け入れられなくなることも避けたかった。
施設長は自分自身に、こう言い聞かせる。「この人は良し、この人は駄目という選別は、私たちが決してしてはいけないことだ」と。
●質高いサービスに 人材の担保が必要
朝日雅也・県立大学教授(障害者福祉論)
障害者が地域で主体的に暮らせるようにするのが本来の自立支援。仕事をすることや福祉サービスの対価を払うことだけが、必ずしも自立ではない。福祉サービスを利用する人がお金を払えばいい、という受益者負担の考え方で本当にいいのか、もっと社会的な議論が必要だ。
障害があることを障害者自身の問題と決めつけるのは誤りだ。同じ時代、社会、地域で生きているのだから、障害者が障害のない人と同じように暮らせるよう手助けするのは社会の役割ではないか。
福祉事業者の安定した経営や質の高いサービスは大切。だが、そこに他の業種と同じ効率や生産性を求めるのは誤りだ。福祉は人材が資源。優れた人材をきちんと担保しないと、良いサービスは成り立たない。福祉従事者の収入は、少なくとも全業種の平均くらいはあってしかるべきだ。