いま、職場で「障害者権利条約」の勉強会をしています。今度が3回目。
もしかしたら、10日は私はサボるかもしれません。
学習担当のりょうこちゃんも苦労しているようですが、ここの「通信」を参考に使ってみてはどうですか?
全国弁護団事務局 第1号 2009年1月22日
権利条約の「差別禁止」や、「合理的配慮義務」を、自立支援法との関係で観てみるのもいい勉強になるでしょう。ということで関連部分を転載し、紹介しておきます。
この裁判(障害者自立支援法違憲裁判)は障害者自立支援法が導入した応益負担の過ちを廃絶することを求めてます。
たまたま裁判員制度に触れたので、裁判員制度で考えてみます。
裁判員に視覚障害者が参加するとします。ほかの裁判員に配布される印刷された裁判記録を読むためには点訳文書が必要です。では、裁判所は点訳を必要とする視覚障害裁判員には点訳サービス利用料の負担を義務付けるのでしょうか。あるいは、聴覚障害裁判員には手話通訳サービス利用料の負担を義務付けるのでしょうか。車いすを利用する障害者にはスロープ利用料の負担を?
おかしいですよね。応益負担制度とはこれと同じです。
障害者福祉施策とは機能障害から派生する社会的不利益を解消・是正するための諸施策です。それがノーマライゼーションの理念として、国際的に共通理解されている障害者福祉の目的です。
つまり、障害者自立支援法という障害者福祉施策の基本的な法規のなかに応益負担が存在していることを許すということは今の例の場合にも、「点訳サービスを利用するのはその視覚障害者自身の責任なんだから点訳利用料を負担するのは当たり前」という理屈を認めることになります。
むずかしいことはともかく、このような理屈を認めてしまえば、障害者差別は永遠に無くならないと感じるのが現在到達している一般的な人権感覚なのではないでしょうか。
この理屈を認めてしまえば、「障害者が働きたいならばスロープ設置費用を負担することを条件とします」、「ジョブコーチの給与の一部を負担することを雇用条件とします」ということを何ら問題ないと是認する社会にになります。
言い換えると、応益負担制度がこの国の法規にある以上、障害者差別に対して、それは差別じゃないよという法的根拠を与えることを意味します。
応益負担制度がわが国の法規にある以上、日本は永遠に障害者権利条約は批准できないし、障害者差別撤廃のための入り口に入ることが出来ないのです。
本当?
被告国らの平成21年1月22日付答弁書29頁1行目には次の記載があります。
「なお、日本国は『障害のある人の権利に関する条約』を批准していない。」
これは、原告が障害者権利条約に訴状にて言及したことへの国の反応です。
ここに国の本音が図らずも顕れていると見るのは早計でしょうか。
条約を批准しなければ障害者に対する合理的配慮義務違反、障害者差別違反は許されるというのでしょうか。
障害者権利条約の外務省仮訳は次のとおり。
「第4条 一般的義務
1 締約国は、障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。
(a) この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること。
(b) 障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。
(c) すべての政策及び計画において障害者の人権の保護及び促進を考慮に入れること。
(d) この条約と両立しないいかなる行為又は慣行も差し控え、かつ、公の当局及び機関がこの条約に従って行動することを確保すること。」
「批准さえしなければ障害者権利条約など関係ない」と国は考えているのでしょうか。
しかし、国は既に障害者権利条約に署名しています。
そして、日本は「条約法に関するウィーン条約(条約法条約)」に批准しています。
同条約の第18条は「条約の効力発生前に条約の趣旨及び目的を失わせてはならない義務」を規定しています。
「いずれの国も、次の場合には、それぞれに定める期間、条約の趣旨及び目的を失わせることとなるような行為を行わないようにする義務がある。
(a) 批准、受諾若しくは承認を条件として条約に署名し又は条約を構成する文書を交換した場合には、その署名又は交換の時から条約の当事国とならない意図を明らかにする時までの間」
つまり、2007年9月28日、日本は障害者権利条約に署名した以上、条約の趣旨、目的に反する行為を行えばそれは条約違反として違法となるということです。
この署名時点で既に障害者自立支援法の応益負担制度は存在していました。
ということは、私たちの立場から言えば、この署名の瞬間から障害者自立支援法は、「条約法に関するウィーン条約」第18条違反であり、同法は条約違反として無効となるものなのです。
もちろん以上のようなことも当然私たち弁護団はこの裁判で主張・立証していきます。
とにかく、応益負担制度が存在していることはわが国の障害者福祉制度に致命的な禍根を残すことであって、絶対に許されないことなのです。
この点、「お金を払うことで権利性が高まる」などと主張して応益負担を擁護する意見もありますが、はっきりと誤りです。
ここで対象となっているのは、障害者にとって、障害に起因する社会的不利益を是正するための必要な公的支援に関する公的権利であって、憲法の保障する生存権、平等権、幸福追求権に基づくものです。
その権利がいくら支払ったかで権利の強弱が連動するのですか?
お金のない人には支援のための権利が弱くなるのですか。
生活保護を受ける権利の保障請求を求める人はお金がない以上、その公的権利は薄弱なものなのですか。大金持ちになってから強い権利に基づいて生活保護受給請求権を行使すればいいのでしょうか。もうお分かりでしょう。
国は「決め細やかな低所得者対策を講じているから問題ない」と必ず弁明してきます。
しかし、法施行1年目の2006年に発表された「特別対策」も、翌年発表された「緊急措置」も、全国の障害者の悲痛な叫びに押されて、国はその対策をせざるを得ない状況に追い詰められたに過ぎません。
このことは、法の規定する「利用料原則1割負担」という法の仕組み自体に根本的な過ちがあることを雄弁に証明しています。
小手先の継ぎ接ぎの小細工を重ねたところで、根本の禍根を断たなければ、本質的な解決にはならないのです。
この障害者自立支援法訴訟は、障害のあるなしに関わらず誰でも安心して住める社会をめざす裁判です。
障害者を排除する社会はもろく弱い社会です。
もしかしたら、10日は私はサボるかもしれません。
学習担当のりょうこちゃんも苦労しているようですが、ここの「通信」を参考に使ってみてはどうですか?
全国弁護団事務局 第1号 2009年1月22日
権利条約の「差別禁止」や、「合理的配慮義務」を、自立支援法との関係で観てみるのもいい勉強になるでしょう。ということで関連部分を転載し、紹介しておきます。
この裁判(障害者自立支援法違憲裁判)は障害者自立支援法が導入した応益負担の過ちを廃絶することを求めてます。
たまたま裁判員制度に触れたので、裁判員制度で考えてみます。
裁判員に視覚障害者が参加するとします。ほかの裁判員に配布される印刷された裁判記録を読むためには点訳文書が必要です。では、裁判所は点訳を必要とする視覚障害裁判員には点訳サービス利用料の負担を義務付けるのでしょうか。あるいは、聴覚障害裁判員には手話通訳サービス利用料の負担を義務付けるのでしょうか。車いすを利用する障害者にはスロープ利用料の負担を?
おかしいですよね。応益負担制度とはこれと同じです。
障害者福祉施策とは機能障害から派生する社会的不利益を解消・是正するための諸施策です。それがノーマライゼーションの理念として、国際的に共通理解されている障害者福祉の目的です。
つまり、障害者自立支援法という障害者福祉施策の基本的な法規のなかに応益負担が存在していることを許すということは今の例の場合にも、「点訳サービスを利用するのはその視覚障害者自身の責任なんだから点訳利用料を負担するのは当たり前」という理屈を認めることになります。
むずかしいことはともかく、このような理屈を認めてしまえば、障害者差別は永遠に無くならないと感じるのが現在到達している一般的な人権感覚なのではないでしょうか。
この理屈を認めてしまえば、「障害者が働きたいならばスロープ設置費用を負担することを条件とします」、「ジョブコーチの給与の一部を負担することを雇用条件とします」ということを何ら問題ないと是認する社会にになります。
言い換えると、応益負担制度がこの国の法規にある以上、障害者差別に対して、それは差別じゃないよという法的根拠を与えることを意味します。
応益負担制度がわが国の法規にある以上、日本は永遠に障害者権利条約は批准できないし、障害者差別撤廃のための入り口に入ることが出来ないのです。
本当?
被告国らの平成21年1月22日付答弁書29頁1行目には次の記載があります。
「なお、日本国は『障害のある人の権利に関する条約』を批准していない。」
これは、原告が障害者権利条約に訴状にて言及したことへの国の反応です。
ここに国の本音が図らずも顕れていると見るのは早計でしょうか。
条約を批准しなければ障害者に対する合理的配慮義務違反、障害者差別違反は許されるというのでしょうか。
障害者権利条約の外務省仮訳は次のとおり。
「第4条 一般的義務
1 締約国は、障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する。このため、締約国は、次のことを約束する。
(a) この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置をとること。
(b) 障害者に対する差別となる既存の法律、規則、慣習及び慣行を修正し、又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること。
(c) すべての政策及び計画において障害者の人権の保護及び促進を考慮に入れること。
(d) この条約と両立しないいかなる行為又は慣行も差し控え、かつ、公の当局及び機関がこの条約に従って行動することを確保すること。」
「批准さえしなければ障害者権利条約など関係ない」と国は考えているのでしょうか。
しかし、国は既に障害者権利条約に署名しています。
そして、日本は「条約法に関するウィーン条約(条約法条約)」に批准しています。
同条約の第18条は「条約の効力発生前に条約の趣旨及び目的を失わせてはならない義務」を規定しています。
「いずれの国も、次の場合には、それぞれに定める期間、条約の趣旨及び目的を失わせることとなるような行為を行わないようにする義務がある。
(a) 批准、受諾若しくは承認を条件として条約に署名し又は条約を構成する文書を交換した場合には、その署名又は交換の時から条約の当事国とならない意図を明らかにする時までの間」
つまり、2007年9月28日、日本は障害者権利条約に署名した以上、条約の趣旨、目的に反する行為を行えばそれは条約違反として違法となるということです。
この署名時点で既に障害者自立支援法の応益負担制度は存在していました。
ということは、私たちの立場から言えば、この署名の瞬間から障害者自立支援法は、「条約法に関するウィーン条約」第18条違反であり、同法は条約違反として無効となるものなのです。
もちろん以上のようなことも当然私たち弁護団はこの裁判で主張・立証していきます。
とにかく、応益負担制度が存在していることはわが国の障害者福祉制度に致命的な禍根を残すことであって、絶対に許されないことなのです。
この点、「お金を払うことで権利性が高まる」などと主張して応益負担を擁護する意見もありますが、はっきりと誤りです。
ここで対象となっているのは、障害者にとって、障害に起因する社会的不利益を是正するための必要な公的支援に関する公的権利であって、憲法の保障する生存権、平等権、幸福追求権に基づくものです。
その権利がいくら支払ったかで権利の強弱が連動するのですか?
お金のない人には支援のための権利が弱くなるのですか。
生活保護を受ける権利の保障請求を求める人はお金がない以上、その公的権利は薄弱なものなのですか。大金持ちになってから強い権利に基づいて生活保護受給請求権を行使すればいいのでしょうか。もうお分かりでしょう。
国は「決め細やかな低所得者対策を講じているから問題ない」と必ず弁明してきます。
しかし、法施行1年目の2006年に発表された「特別対策」も、翌年発表された「緊急措置」も、全国の障害者の悲痛な叫びに押されて、国はその対策をせざるを得ない状況に追い詰められたに過ぎません。
このことは、法の規定する「利用料原則1割負担」という法の仕組み自体に根本的な過ちがあることを雄弁に証明しています。
小手先の継ぎ接ぎの小細工を重ねたところで、根本の禍根を断たなければ、本質的な解決にはならないのです。
この障害者自立支援法訴訟は、障害のあるなしに関わらず誰でも安心して住める社会をめざす裁判です。
障害者を排除する社会はもろく弱い社会です。