「子供の笑顔と日々の成長が一番うれしい」。軽度の知的障害がある茅ケ崎市の小林守さん(32)と聡恵さん(23)夫妻。NPO法人「UCHI」のグループホームで、長男の陽飛ちゃん(1)の子育て真っ最中だ。障害者の不妊手術を定めた旧優生保護法は平成の時代に入って差別的条項を削除し、今年4月に被害者救済法が施行されたが、現在も障害のある親に特化した子育て施策はほとんどなく、専門家は「障害者が子を産み育てる環境の整備が不可欠だ」と訴える。
小林さん一家の居室はマンションの一室。共働きで保育園の送り迎えは聡恵さん、陽飛ちゃんの入浴は守さんが担当している。夕食は別の建物で入居者とともにするのが日常という。
■限界もある
夫妻は児童養護施設などを出てからグループホームで出会い、結婚を決意した。職員は、先を見通すことが苦手な2人に出産費や生活費など年間の収支計画を作らせて意思を確認。保健師による育児指導や職場環境の調整にも取り組んできた。
「行政手続きや保育園の書類に分からない点があれば職員に相談できるから心強い」と聡恵さん。ただ限界はある。UCHIのような障害福祉サービスの事業所では、障害のない子供は支援の対象外。直接、子供の世話をすることは認められず、例えば急病時も親が病院に連れて行かなければならないという。
行政にも障害者に特化した子育てサービスはほぼなく、UCHIの牧野賢一理事長は「全く支援を受けていない障害者が子供を育てられずに手放してしまったり、虐待してしまったりするケースもある」と指摘する。
■区別はなし
65歳未満の知的障害者を対象とした厚生労働省の平成28年調査によると、「夫婦で暮らしている」と答えたのは4・3%で、「子と暮らしている」は3・1%。結婚して子を持つことがいかに困難かがうかがえる。
厚労省は「行政の子育てサービスは子供の観点から設計され、親が健常者か障害者かで区別はない。保健師などが親の相談を個別に受ける態勢は取っている」とする。
重度障害者向けの「重度訪問介護」と、食事介助や家事援助をする「居宅介護」は、利用者が子供の世話を十分にできない場合にヘルパーが授乳などの育児支援をすることを認めている。ただ健常者の家族がいるケースは原則対象外。育児支援を受けられる時間も限られているほか、ヘルパーに育児の専門知識はなく、「あくまで補完的なサービスにとどまる」(厚労省)のが実情だ。
■「共生を」
「行政は障害者が親になることを想像していなかった」と話すのはNPO関係者の女性(37)だ。19歳の時、交通事故で脊髄を損傷。現在5歳の娘を育てている。障害者向けの子育て情報や相談場所の必要性を訴えるが、「障害者に結婚や出産は期待されておらず、本人もイメージを持てないのが現実です」。
これまで6組の障害者夫婦の子育てを支えてきたUCHIの牧野理事長は15年ほど前、行政の担当者に「障害者に子供は産ませないよね」と言われた経験を明かす。
旧優生保護法は改正され、今は「共生」が叫ばれる時代。だが牧野理事長は、行政の支援体制は依然不十分と指摘。「障害のある親が合理的配慮を受けながら地域で子育てができるよう、一般のサービスとつなぐ調整役や障害に特化した相談員の配置が必要だ」と訴え、こう続けた。「家族をつくるという、人間としての当たり前のニーズに社会は向き合わなくてはならない」
令和の時代は、誰もが「家族をつくる権利」を保障されるようになるかが問われている。【用語解説】旧優生保護法
「不良な子孫の出生防止」を目的とし、知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に不妊手術を認めた。平成8年に障害者差別に当たる条文を削除し、母体保護法に改正。不妊手術を受けたのは約2万5000人、うち約1万6500人は強制とされる。今年4月に被害者への「反省とおわび」と一時金320万円の一律支給を盛り込んだ救済法が成立、即日施行された。一方で、おわびの主体は「国」とせず、違憲性への言及もないことに批判がある。