「誰もが必要とされ、輝き、仕事をする。特別ではなく自然なこと」。岐阜市又丸村中の真崎由宇(ゆう)さん(49)が五月、発達障害がある長男貴匡(たかまさ)さん(24)と営む菓子店「しあわせおやつ工房ひろがる」を同市曽我屋の県道沿いに開設した。息子自身が笑顔になれる新時代の出発点。人の役に立とうと働く姿から、障害への理解が広がることを望む。
白を基調にした店内の真新しい棚に、袋詰めした穀物加工食品グラノーラなどが並ぶ。店の営業は毎週水-土曜。貴匡さんは午後二時まで焼き菓子を作り、その後は店頭で接客もする。
「僕たち障害者は、お母さんみたいに楽しいことを仕事になんてできないんだよ」。二人三脚で菓子作りが始まったのは、息子の一言がきっかけだった。
特別支援学校高等部を卒業した貴匡さんは、二年ほど前まで郵便局で清掃の仕事をしていた。帰ると疲れた顔しか見せず、午後八時には床に就く毎日。すっかり笑顔が消えていた。
コミュニケーションが難しい軽度の発達障害と分かったのは中学一年のころ。由宇さんは「人が決めたルール」と障害を意識しない環境を整えてきたつもりだった。「安定した会社に入ってくれた」と安心したのもつかの間。息子のつらさに気づいてやれず、頭をがつんとたたかれた気がした。
貴匡さんが郵便局を辞めた少し後。由宇さんが、マッサージサロン経営の合間に趣味で作ったグラノーラを友人に配ると「この子も焼けるんじゃない?」と言われた。貴匡さんも以前から、母のレシピ本を見てアイスクリームなどを作っていた。「喜怒哀楽を出せる日常が過ごせるなら、お金はなくても何とかなる」。そう思いたった。
自宅から十分の実家の離れに冷蔵庫とオーブンを置き、貴匡さん専用の工房にした。市販品にないざくざくした食感が出る焼き方を工夫。クルミ、オートミールなど無添加の食材を選び、貴匡さんが生地を丹念にこねる。こだわりを理解してくれるカフェや雑貨店に置いてもらうと、少しずつ評判になった。
今月オープンした店内で、商品棚のグラノーラを確認する真崎由宇さん(右)と貴匡さん。インターネット販売もしている
(左から)薬草を混ぜた焼き菓子、グラノーラ、日本酒入りカステラ
昨春に一般社団法人「ひろがるいえ」を設立し、市内の美容室跡に店舗を開設することにした。法人と店名の由来は、貴匡さんの中学時代のクラス目標「わたしはひろがる あなたもひろがる みんなひろがる」。誰もが可能性を持つという意味が込められている。
グラノーラを焼く貴匡さんは「お客さんに喜んでもらいたい」と、笑みを浮かべる。平成の約三十年で、障害者と健常者との壁はずいぶん低くなった。それでも「普通の人と違う」という偏見がなくならない限り、息子たちが心から笑える時代は来ないと由宇さんは思う。「障害者ではなく『こういうタイプの子』ととらえ、困った人がいたら手を差し伸べる。そんなシンプルな社会になって」。グラノーラは百グラム七百五十六円(税込み)。問い合わせは同店=058(337)1561=へ。
2019年5月18日 中日新聞