特定非営利活動法人「都筑ハーベストの会」理事長
政府が障害者や高齢者らを農業分野で雇う農福連携を推進し始めている。農家の高齢化で耕作放棄地が増える農業、就労促進が課題の障害者対策の解決策として大いに期待したい。私は就労の視点を超えて、幅広く障害者に農業に親しんでもらいたいと思う。農福連携の考え方を広げてほしい。
私たちの法人は精神障害者や発達障害者、かつてひきこもりだった人たちが中心となり、重症心身障害児や認知症の高齢者らの農を通じた生活支援も進めている。その一環として休耕田での稲作づくりを手がけている。田んぼでの作業は、心に障害のある人たちのやりがいや生きがいにつながり、重症心身障害児らに従来の福祉・介護サービスでは実現できなかった体験の場の提供を試みている。
先日、田んぼのあぜで、ひとりの母親が重度心身障害を抱えた息子を抱きかかえ、田植えの予行演習をした。子どもの顔に笑みが浮かぶと、母親やメンバーからも笑みがこぼれた。田んぼの中で人々の心がつながっていく場面を目の当たりにできた。こうした心の相互作用も農福連携で目指すべき成果ではないだろうか。
障害者対策の中でも精神障害の分野は遅れが目立つとされる。重症心身障害児・重症心身障害者の場合、特別支援学校を卒業した後、地域とどうかかわるか、生活介護事業所で日中どう過ごすかなど、福祉の面での課題が山積している。認知症の高齢者へのケアも難問だ。就労の面で社会とのつながりを持ちにくい人たちをどう支えるか。私は農が果たす役割は大きいと考える。
土とふれあい、コメや野菜をつくる。田に吹き注ぐ風や漂うにおいなどを五感で感じ、ふと無心になる。そうした営みは現代人の心の健康の回復にもつながる。農を通じた人と人の関わりは、心を病む者や重いハンディのある者にも前向きに生きようと思うきっかけになるかもしれない。
農福連携は就労の増加に伴う農業の生産性向上が意識されるが、障害者一人ひとりの心に寄り添うことも重要である。社会的弱者が豊かな生活を送り、意義ある仕事を得るうえで農業は欠かせない。農福連携は多くの可能性を秘めている。
2019/5/28 日本経済新聞