今は亡き母は
今から72年前に
県北の地で
遠い長崎でのキノコ雲を
確かに見たという
当時 母は 15歳で
対岸の海寄りの街に住んでいた
たまたま雲仙の方を見ていたのか
爆音が 有明の海を越えて
海岸にも轟いてきたのか
どうして見えたのか
今思えば
ちゃんと聞かなかったのが
悔しい
それでも
長崎のキノコ雲を見た
と母は 何度か話した
その母も
戦後70年を丁度過ぎた夏に
亡くなって
やがて三回忌を迎える
さきほど テレビから
もう二度と という合唱の
綺麗な歌声が聞こえて来た
ps 2017.8.9 水曜 草稿 長崎原爆の日
1945年8月9日午前11時04分 米軍機が 九州長崎市に 原子爆弾を投下した
2017年8月9日午前11時04分に記す
人類は とんでもない物質と技術とを手にしたが 同時にとんでもない責任と危険性を背負ってしまった
近年 日本の周辺国が 俄かにきな臭くなって来た 戦争の悲惨さと惨さと 破壊性と愚かさに思い至らず カラ元気と生きる意味が見出せなくて自暴自棄になって あるいは社会が固定化されて それを壊そうという衝動性が生まれ 今 世界中の社会が 激しく揺れ動いている そして その行き着く先は 誰にもわかっていない‥‥かも知れない‥?
2017.8.11 金曜 母の三回忌に追記 ツクツクボウシの声を聞きながら
今から72年前に
県北の地で
遠い長崎でのキノコ雲を
確かに見たという
当時 母は 15歳で
対岸の海寄りの街に住んでいた
たまたま雲仙の方を見ていたのか
爆音が 有明の海を越えて
海岸にも轟いてきたのか
どうして見えたのか
今思えば
ちゃんと聞かなかったのが
悔しい
それでも
長崎のキノコ雲を見た
と母は 何度か話した
その母も
戦後70年を丁度過ぎた夏に
亡くなって
やがて三回忌を迎える
さきほど テレビから
もう二度と という合唱の
綺麗な歌声が聞こえて来た
ps 2017.8.9 水曜 草稿 長崎原爆の日
1945年8月9日午前11時04分 米軍機が 九州長崎市に 原子爆弾を投下した
2017年8月9日午前11時04分に記す
人類は とんでもない物質と技術とを手にしたが 同時にとんでもない責任と危険性を背負ってしまった
近年 日本の周辺国が 俄かにきな臭くなって来た 戦争の悲惨さと惨さと 破壊性と愚かさに思い至らず カラ元気と生きる意味が見出せなくて自暴自棄になって あるいは社会が固定化されて それを壊そうという衝動性が生まれ 今 世界中の社会が 激しく揺れ動いている そして その行き着く先は 誰にもわかっていない‥‥かも知れない‥?
2017.8.11 金曜 母の三回忌に追記 ツクツクボウシの声を聞きながら