家庭の用事もろくにせず野鳥観察を出かける自分に対する言い訳として、忍耐力の養成のためだということにしている。待っても姿をあらわさなかったり、姿を見ても写真を撮るには至らなかったり。それでも我慢して………………。
萩原朔太郎の詩集『月に吠える』(1916年)の中の雲雀料理と題した詩の中に
「五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする」というフレーズがある。
この連休、天気がいい日はすべてバードウォッチングにいそしんだ、
お寺の新緑に囲まれた大きな駐車場の一角で、大きめの折り畳み椅子に腰掛け、たまに居眠りをしたり、弁当も食べながら至福のときを過ごした。気分は、まさに貴族。
ところで、詩のタイトルは野鳥フャンにはどうも………。
「五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする」というフレーズがある。
この連休、天気がいい日はすべてバードウォッチングにいそしんだ、
お寺の新緑に囲まれた大きな駐車場の一角で、大きめの折り畳み椅子に腰掛け、たまに居眠りをしたり、弁当も食べながら至福のときを過ごした。気分は、まさに貴族。
ところで、詩のタイトルは野鳥フャンにはどうも………。