横須賀うわまち病院心臓血管外科

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脊髄栄養動脈を閉塞する可能性のある大動脈手術における脊髄虚血予防対策③

2019-10-22 06:22:42 | 大動脈疾患
外科手術を実際に行う場合の具体的は脊髄虚血の予防対策として

① AKAの同定 造影CTやMRIで部位を同定しておけばどこを再建する、注意するか、または手順などを事前に検討することができます。

② 椎骨動脈、内腸骨動脈の血流支配の確認 こちらも造影CTやMRIで確認が必要です。特に椎骨動脈は左右差があることが多いのでどちらかの鎖骨下動脈を閉塞する手技を行う場合は注意が必要です。

③ 冷却  脳循環停止や頸動脈再建を伴う弓部大動脈手術の脳保護のように、冷却することで脊髄虚血のダメージを小さくすることができます。より低体温の方が有効性が高いのですが、その手術を脳循環停止を伴うような超低体温(20℃以下)とするのか、25℃程度の低体温とするのかは議論の余地がありますが、これらの低体温とするには心停止を伴うため、上半身の循環補助も考慮する必要もあります。心拍動下に下半身の循環遮断する場合は34~35℃くらいまでしか冷却することができないので、この範囲での対策となります。

④ 鎖骨下動脈の拍動血流維持したままの手術 十分な冷却はできませんが、鎖骨下動脈の拍動血流維持のままの手術は、椎骨動脈経由の前脊髄動脈への血流を維持したままの手術が可能です。この場合は冷却をあまりしないので、止血能が良いことが多く、多量の出血が脊髄虚血の一因と言われているので、こうした多量出血を予防できます。また、ステントグラフト留置は、心拍動下での手術である為、椎骨動脈血流を維持しながらの手術となり、このため人工血管置換術よりも対麻痺の発生頻度が低いと言われています。

⑤ 術中の血圧維持、貧血予防: 低血圧、貧血がより脊髄虚血を助長すると言われ、これを予防するような管理が重要です。MEPに異常が検出されたときに低血圧、貧血を改善することで虚血が改善したという報告もあります。ヘモグロビン値で10g/dl以上、平均血圧80mmHg以上を維持するように麻酔管理、術後管理します。

⑥ 大動脈解放時の肋間動脈の(一時的)閉塞による側副血行圧低下の防止:AKA血流はネットワーク支配されていると言われ、大動脈を解放して血圧が低下したところで、肋間動脈から大量のバックフローがあるとAKAに向かう血流を盗血(スティール)してしまうため、大動脈解放と同時に肋間動脈をA-Shield catheterで一時的に閉塞するか、結紮閉塞させることでAKAに向かう血流圧を低下させずに済みます。

⑦ 肋間動脈再建:同定されたAKAに繋がる肋間動脈に人工血管を縫着し、そこから分枝血流送血して脊髄血流を維持します。大動脈解放後にMEPが消失した症例で、肋間動脈再建して血流再開したところMEPが復活した経験を聞いたことがあります。

⑧ 血流改善が期待できる薬剤を使用:血圧を上昇させるための昇圧剤、輸液。有効性は不明ですがプロスタグランジンE1(PGE1)が脊髄血流を改善する可能性があります(この血流改善作用が脊柱管狭窄症の症状改善作用のメカニズムと言われています)。

⑨ 脊髄ドレナージ:虚血に伴う浮腫が原因で脊髄内圧の上昇を防止して、この圧上昇がさらに虚血を悪化させることを防止するために、閉鎖空間である脊髄腔から圧を逃がすためのドレナージチューブを留置して、脊髄腔圧を8~15cmH2O以下にして虚血の悪化を防止することが期待されます。

⑩ ナロキソン: 機序はしりませんが、脊髄腔圧を低下させることで効果があると言われています。

⑪ ステロイド: 脊髄浮腫の悪化防止に期待できる可能性があります。

⑫ 術中の内腸骨動脈の血流維持: 大腿動脈からの送血をしながら内腸骨動脈の血流維持をすることで、内腸骨動脈経由の脊髄血流を維持したまま手術することで脊髄血流が低下することを防止します。

これらの方策を駆使しても完全には予防できないかもしれませんが、外科医としてはこれらを十分考慮、準備して手術に向かわなければなりません。
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脊髄栄養動脈を閉塞する可能性のある大動脈手術における脊髄虚血予防対策②

2019-10-22 06:11:11 | 大動脈疾患
 脊髄虚血の診断は、一番はその症状で、上肢は動くのに下肢が動かない対麻痺を診た場合は最初に疑います。しかし、一度発生した対麻痺は回復する症例もありますが、そのまま後遺症として残ってしまう可能性も高い為、発生を未然に防ぐか、早期に検出して出来るだけ後遺症を軽くするための治療を早期に開始する必要があります。

 症状出現前に検出可能な最も鋭敏な検査モダリティとしては、MEP(運動誘発電位)です。脊髄虚血は主に脊髄の前側である運動領域が障害を受けるため、後ろ側の感覚領域の異常を検出するSEP(感覚誘発電位)よりもMEPのほうが脊髄虚血に関与すると言われます。下肢筋肉を電気刺激しそれで誘発された脳波の反応を検出するものです。脊髄虚血が起こると、このMEPが検出されなくなるため、虚血が起こった瞬間を診断して対策することができます。

 術中にMEPに異常が検出され、原因となる肋間動脈の血行再建したり血流遮断を解除したらMEPが正常化し、脊髄虚血による対麻痺を回避できたという報告もあります。
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脊髄栄養動脈を閉塞する可能性のある大動脈手術における脊髄虚血予防対策①

2019-10-22 05:36:19 | 大動脈疾患
 脊髄の血流支配は、複数の栄養動脈から行われていると聞いています。
 教科書的なのは、Adamskievics動脈(アダムキーヴィッツ動脈 以下、AKA)という、一般に第8~11胸椎レベルから8割分岐すると言われる肋間動脈から分岐して椎体内に向かう動脈です。この部分だけ肋間動脈だけ太いので、大根動脈という異名もあります。このAKAを閉塞すると、脊髄の前側を主に栄養するため、運動領域が主に虚血になり、運動脈を起こします。胸椎レベルでの運動領域の脊髄梗塞は下半身の麻痺を意味し、両下肢が動かなくなる「対麻痺」を後遺症として残します。脳梗塞の場合は、椎体交叉を通じて反対側の上肢と下肢の半身が麻痺する片麻痺(半身不随とも一般に言われます)を呈するのに対して、一般には交通事故などで脊椎麻痺を起こしたときに対麻痺は見られ、その後の生活は車いすでの移動が必要になる生活です。患者さんとしても非常につらい生活を強いられますし、心臓血管外科医としても非常につらい合併症です。
 胸腹部大動脈置換術においては2-5%の術後発生率で、胸部大動脈置換や下行大動脈置換術でも発生の可能性が1%ほどあると言われています。このつらい合併症を予防するためにはどのような対策があるのか。外科医はこの予防のための最大限の努力をする必要があります。

 脊髄の血流支配はAKA1本だけではなく、多重支配であると最近は言われており、その一本だけ閉塞したからといって必ずしも対麻痺が発生するとは限りません。周辺の肋間動脈がAKAとネットワークを形成しており、その周辺を広範囲に閉塞した場合により発生しやすいくなり、またAKAのような脊髄に到達する動脈は複数本ある場合もあります。よって広範囲に肋間動脈や腰動脈を閉塞した場合に発生しやすくなります。急性大動脈解離の場合で、肋間動脈や腰動脈が広範囲に偽腔から分岐し、偽腔が血栓閉塞したり血流が低下した状態には発生しやすくなります。また、腹部大動脈置換術後に胸部の大血管手術を行う、またはその逆の場合は発生頻度が高まります。例えば、下行大動脈にステントグラフト留置術を実施後に、胸腹部大動脈置換術を施され、その間の正常部分からAKAが分岐している場合に、この正常部分が瘤化したり解離して拡大した場合には最も脊髄虚血が起こりやすい肋間動脈閉塞を起こす手術をしなければなりません。こうした患者さんの手術をする場合にいかに脊髄虚血の発生頻度を極力低下させるのか、非常に議論のあるところです。

 また、脊髄の栄養支配は肋間動脈系だけでなく、鎖骨下動脈から分岐する椎骨動脈の枝である前脊髄動脈から栄養される分、または内腸骨動脈の分枝で骨盤内を栄養する枝から精髄内へ向かう枝なども関係すると言われ、これらがあるために肋間動脈をすべて閉塞しても必ずしも対麻痺が発生していないのはこのためと言われています。前述のステントグラフト留置後で肋間動脈が閉塞した症例や胸腹部大動脈置換後で肋間動脈や腰動脈を広範囲に閉塞している症例に追加の大動脈手術をする場合に特に発生しやすい為、十分な対策を検討する必要があります。

②へ続く
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